第25話近づく記憶
「どうぞ、こちらへ‥‥」
と、作業机兼化粧台の前に置いてある丸いイスに腰掛ける。フルールはベッドに乗って目を瞑る。遠い記憶を辿るように呟いた。
「7歳の頃だったと思います‥‥ラグネル姉様とヴィア姉様と私で、よく走り回って遊んでいたんですよ‥‥」
新しい名前が出てきたな―――。
「ヴィア姉様の出自は分かりません。ただ学院には行っていなかったと思います。校内で見たことがなかったので‥‥」
「一緒に住んでるんじゃないのか?」
「たまに部屋に泊まったり、ふらっと居なくなったり、いつも自由にしていました‥‥」
小さい頃からそれじゃ、わがままになるのも頷けるな!
「父も咎めることはありませんでした‥‥」
「そういえば、ルガンはどうしたんだ?」
少し間を置いてから、俺は話を戻した。ここしばらく、酒場で見ていないが。
「他の娘が心配するから、言っていませんが行方不明なんです‥‥」
「警察には言ったのか」
「‥‥言えません‥‥」
フルールは首を振った。
「どうして」
「この村の警察は――アイス家と繋がっています。父もそれを分かっていて、居なくなったんだと思います」
「つまり自分の意思で姿を消した」
「小さい時から父様の考えは分かるんです‥‥自分から居なくなったんだと」
そう答えるフルールには、確信めいたものがあるみたいだ。
フルールは静かに続けた。
「父は昔から、何かを知っていた。でも私たちには、ずっと何も言わなかった」
「それが――娘のためだと思っていたんでしょうね‥‥」
「‥‥俺から見ると、逆に見える」
「え?」
「何も知らない方が、危ない場合もある」
俺の中の母の記憶が蘇る。フルールはしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと頷いた。
「‥‥そうかもしれません‥‥」
フルールの言うことを信じていいのだろうか? だが今は、ヴィアの手がかりに集中したい。
「一人で抱えて辛いだろうが、よく耐えたな」
「‥‥っ」
フルールの肩が、小さく震えた。俯いたまま、白い指先がスカートをぎゅっと握りしめる。
「‥‥そんなこと、言われたの……初めてです‥‥」
消え入りそうな声だった。部屋には、古い時計の針の音だけが響いている。
「別に格好つけてるわけじゃない。本心だ」
「ふふ‥‥はい‥‥」
フルールが、ほんの少しだけ笑う。だがその笑顔はすぐに陰った。
「きっと‥‥ヴィア姉様も死ぬことを分かっていたと‥‥」
「どういう意味だ?」
「校内戦の日‥‥酒場に寄った姉様、変だったんです‥‥」
「変?」
「ずっと学院の方を見ていて‥‥誰かを待ってるみたいでした‥‥」
ピリッ‥‥と空気が変わった気がする。ヴィアは俺より早くアーサーの家を出た。学院と方向が違う酒場で、そいつと会う約束でもしていたのか。
「それで、会えたのか?」
「‥‥分かりません。でもたぶん男の人です‥‥」
フルールが嘘を言っているようには見えない。姉妹の直観というやつだろうか。
「話してくれてありがとう。ディヴィも他の姉妹も、あんたも―――俺が守る」
言ってから、少し恥ずかしくなった。柄でもない。フルールは目を丸くして、俺を見ていた。それから――ゆっくりと、目を伏せた。
「‥‥ロットさんは‥‥」
「なんだ」
「変な人ですね」
「そうかよ」
「ええ‥‥」
フルールは毛布をそっと顔半分に掛けなおした。
「ディヴィも、そう言っていました。あなたのこと‥‥」
「ディヴィが?」
「『好きな男が出来た』って」
「‥‥‥‥‥‥」
思わず涙がこぼれそうになった。フルールもかすかに口元を緩める。
「‥‥そうか」
それだけ言った。それ以上、何も言えなかった。俺が傍についていれば――胸の中で、何かがじわりと滲んだ気がした。
「最後に一つだけ聞く」
「はい」
「ラグネルって姉は今も生きてるのか?」
フルールの動きが、止まった。
一秒。
二秒。
「‥‥分かりません」
フルールは悲しそうな顔で俺を真っ直ぐ見た。その目に、曇りの色はなかった。
「ただ――」
「ただ?」
「姉様は‥‥ヴィア姉様より、もっと深いところに居ると思います」
「深いところ」
「アイス家の――核心に、近い場所」
俺は黙って立ち上がった。
「分かった」
「ロットさん‥‥」
「なんだ」
フルールは膝の上で手を組んで、真剣な目で言った。
「本当に――守れますか?」
俺は少し考えた。
「確約はできない‥‥でも守って見せる。それだけは言える」
フルールはまた、あの小さな笑顔を見せた。
「‥‥信じます‥‥」
(母さん、ヴィア、アーサー、ディヴィ――俺は‥‥)
その瞬間。
――コンコン。
部屋の扉が叩かれた。
フルールがびくりと肩を震わせる。
「‥‥誰‥‥?」




