第22話死後の残花
ヴィアの指輪だ。
考えるより先に、そう確信していた。
待て。
思考が高速で巡る。校内戦の日、意識のないディヴィアに付き添って保健室へ向かった。あの時は一刻を争う状況だった。だから、ヴィアの死体には近づいていない。指輪が指にあったかどうかなど、確認しているはずがないのだ。
なのになぜ、俺はヴィアの死体に指輪がないと『知って』いたのか。
前にもこんな事があった。
アーサーの家にいた時——ドアを引っかく猫を、見たこともないはずの飼い猫を、なぜ俺は迷いなく「白」と呼んだのか。
時折、脳裏の奥底から冷たい澱のように浮かび上がる。記憶とも呼べない、見知らぬ誰かの断片が。
(ケイ……?)
名前のような響きが、白い霧の中から浮かんで、またすぐに沈んでいった。
思考を切り替え、手の中の箱を軽く振ってみる。
カチャカチャ——中で、小さな金属が擦れ合う、ひやりとした音がした。
「まだ、指輪で開けていない可能性があるな」
声に出して、自らの推論を確かめるように言った。ということは、犯人もまだこの箱の中身には辿り着いていない。
——こいつは、俺が預かっておく。アイス家との交渉に使えるはずだ。
情報を集めに来たはずが、かえって謎が増えてしまった。苦笑を噛み殺しながら、本棚をスライドさせて元の位置に戻す。机の資料、引き出しの中身、すべてを忍び込んだ時のままに整える。最後に部屋を一周見渡して、残した痕跡がないかを確認し、扉をそっと閉めた。
あとは客間で大人しくしているだけだ。
ソファに横になって本を広げると、天井の奥から酒場全体の気配が、冷たく静かな振動となって伝わってくるようだった。遠くで食器の触れ合う繊細な音。廊下を行き交う足音。この酒場は、思ったよりも多くの秘密を孕んでいるらしい。
やがて、凍った階段を急ぐような足音が近づいてきた。
本をパタンと閉じる。ちょうどよかった。
「お待たせしました……」
息を弾ませながら、フルールが現れた。何か他人に聞かれたくない話があるらしい。
「姉妹に聞こえるかもしれない」ということで、急遽フルールの私室へ通されることになった。
扉を開けた瞬間、思わず感嘆が口から突いて出た。
「へぇ……さすが、きれいだな」
絢爛豪華で過剰な装飾が施された廊下を通り抜けてきた目には、この部屋の徹底された質素さが、逆に際立って美しく映った。余分な装飾が何もないのだ。机とベッド、最低限の木製家具。そして冷徹な壁に一振り、抜身の氷を思わせる銀の剣が立てかけてある。
本物だろうか。触れてみたい衝動をかろうじて理性で抑え込んだ。
(そういえば、アーサーの家にも剣があったな。この界隈では、これが流行りなのか?)
「あら……。散らかっているから、あまり見ないでくださいね」
フルールが、ふふ、と小さく、はにかむように笑った。
「そうやってじろじろ見られると、困ってしまいます……」
俺はもう一度、部屋を見渡した。やはりベッドと机しかない。どこに散らかっている要素があるのか、本気でわからない。料理をしている時の、凄まじいまでの集中力とはまた別の顔だ。どうやらこちらが彼女の『素』らしい。
フルールは頬をわずかに朱に染めながら、コホンと小さな咳払いをひとつ。
それから——少しの沈黙を置いて、静かに口を開いた。
「ヴィア姉様は……」
部屋の空気が、ガラスが凍りつくように、かすかに張り詰めた気がした。
「私が小さい頃、どこからか——義父ルガンが連れてきた女の子です」




