第21話空と海と大地と女
本の隙間に、それは挟まっていた。
1枚の写真。
引き抜いて、光にかざす。
色褪せた紙の上で金髪の少年と青髪の少女が、どこか知らない場所に立っていた。二人ともこちらを向いていない。まるで、撮られていることに気づいていないようだった。
少年の横顔に見覚えがある。
少女は——知らない。ヴィアじゃない。
紙の質感が、指先に引っかかる。褪色の具合、角の擦れ方。随分と古いものだ。撮られたのは、おそらく俺が生まれるより前だろう。
懐に収めて、部屋を出る。
――正面の執務室だ。
廊下に意識を流す。イルテたちの気配は、もうどこにもない。それでも足音を殺して扉の前に立つと、予想通りだった。
ガチン。
鍵がかかっている。
靴ベラの裏から、細い金属片を二本取り出した。自作のピッキングツールだ。鍵穴に差し込み、慎重に角度を探る。
ガチャガチャ……
カチャッ。
「……一発か」
呟きが、自分でも間の抜けた声に聞こえた。もう少し手こずると思っていた。
扉を押して、中へ入る。
まず天井を見た。次に四隅。カメラの類は見当たらない。盗聴器は探しながらやるしかない。
本だ。
壁という壁が、床から天井まで本で埋め尽くされていた。書棚が三方を囲み、机の上にも、床にも、資料の束が積み上がっている。埃の匂いがした。長い時間をかけて積み重なった、紙と黴の匂いだ。
手あたり次第に漁る。引き出し、棚の奥、資料の束、封筒の中身。
机の底に手が届いた時、指先に紙の感触があった。
剥がす。
一枚の紙が、テープで貼り付けてあった。
▼ アイスゲーム優勝者への贈呈品リスト ▼
・不老薬
・北極海洋および南極海洋の支配権
・ブランカ村 領土移譲権利書
・アストレイア女学院 在籍女生徒 一同
動けなかった。
どのくらい、そこに立っていたのかわからない。
紙の上の文字を、もう一度なぞった。三度なぞった。読むたびに、背骨の奥で何かが冷えていく。優勝者への商品。北極と南極の支配権が。ブランカ村が。そしてアストレイア女学院の女生徒たちが、まるで家具の目録のようだ。
懐にたたんで収める。手が少し震えていた。
――もう後には退けない。
望むところだ。
もう一度棚に戻る。並んでいる顔ぶれはどれも無難だった。「アイスの製法と歴史」「商業法・契約書の基礎」「ブランカの地理と気候」「薬草と薬効の辞典」——書店の棚に並んでいても不思議じゃない。
だが一冊ずつ手に取ると、どれも背表紙が擦れていない。
読まれた形跡がない。
本棚の側面を軽く押した。ずると全体が横にずれた。裏にもう一段。
「アクマ学」「人体組成学」「波動力学」——背表紙を順に目で追いながら、俺は酒場のカウンターに立っていたマスタールガンの顔を思い出していた。10月23日。不愛想に酒を注いでいた男だ。
この部屋を使っていたのが、あの男だとしたら。
アストレイア女学院の卒業アルバムが一冊、隅に押し込まれていた。なぜここに? ——表紙を開いた手が止まる。
1ページ目。
2つの顔が塗りつぶされていた。名前ごと丁寧に。
誰が消したのか。なぜ消したのか。消された二人は今、どこにいるのか。
三つの問いが同時に浮かんで同時に消えた。
棚の最奥に手が届いた。
小さな箱だった。オルゴールほどの大きさで、蓋の中央に小さな窪みがある。鍵穴ではない。何か特定の形をしたものをはめ込む仕組みだ。
心臓が、大きく鳴った。
間違いなく初めて見る箱のはずだった。なのに指が窪みの縁をなぞった。形を確かめるように。思い出すように。
開け方を知っている。
頭の中ではない。記憶の中でもない。もっと深い場所骨かあるいは血の中に刻まれたような確信だった。
俺はこの箱をどこかで——
廊下から、足音が近づいてくる。




