第17話黄色い旋律イルテ
「おや……? あまり驚かれていませんねぇ」
品定めをするようなホープ刑事の視線が、俺の顔にじっと縫い付けられる。
――驚かないのも無理はない。前にも同じように疑われた記憶があるからだ。
……前にも? いや、おかしい。俺がこの男と会話を交わすのは、これが初めてのはずなのに、なぜそんな奇妙な既視感を覚えるのだろうか。
「予想できたからな」
思考のブレを悟られないよう、それらしい言葉を短く返して煙に巻く。
昨日の目まぐるしい狂騒の前に、俺が完全に一人になったのはステージホールへ向かう僅かな時間だけだった。
それ以外は常に人目があったからだ。
もし犯人が俺やディヴィを確実に仕留めるつもりだったのなら、ステージホールに向かう1人の時を狙う以外に選択肢はなかったはずだ。
「ディヴィはステージホールに向かう途中襲われた」
「ええ。なのに全く同じ状況に置かれていたはずのあなたはこうして五体満足で生きている」
「…………」
「まるで、我々警察の捜査の目をあなたという『生き残り』に集中させるためにね」
この刑事、表向きは俺を容疑者として疑って見せているがその実勘が良すぎる。ただの田舎町の役人には到底思えない。――この男もアイス家に何らかの私怨でもあるのだろうか。
だが、冷徹に状況を分析できる男なのだとしたら話は早い。
「ディヴィを守ってくれ。奴らはまた必ずあいつを狙う」
「ご心配には及びませんよ。彼女の病室には既に身分を伏せた捜査員を配置していますよ」
「……そうか」と短く息を吐き出す。
「何か思い出したことがあれば、いつでも連絡してください」
ホープはそう言い残すと、懐から取り出した煙草に火を点け紫煙の向こうへと去っていった。
犯人が俺だけ生かす理由。
犯行の時間が無かったから?そんな訳がない。俺に恨みがあるから苦しませる為に生かした。
襲われたメンバーはアイスゲームで校内上位の3人。犯人はアイスゲームで優勝を狙ってる奴だ。
そういえば昨日、ウサは会場に姿を現さなかった。あの男の不在もこの凄惨な事件に関係しているに違いない。
ふと、ポケットの中で携帯が微かに震えた。メールが入っていた。
送信元は――ディヴィ。
タイムスタンプを見る限り悲劇が起きる前、昨日の昼頃に送られたもののようだ。
『絶対に優勝しましょう!』
思わず乾いた笑いが溢れた。
運営の仕事で倒れそうなくらい忙しかったはずなのに、あいつは最後までゲームの勝利にこだわっていた。
胸を締め付けるような切なさを振り払うように俺は歩き出す。新たにやることが出来た。
先生に挨拶だけ済ませて一度引き揚げよう。今の俺に出来ることなんて、片手で数えるほどしかないのだから。
そうだケイの様子も気になる。
学院が全面休校になった以上、あの子の行き先は限られている。ヴァロン酒場にいるはずだ。携帯の時刻を見れば、ちょうど店がオープンする時間だった。
「行ってみるか……」
吸い寄せられるように、俺の足は自然と酒場へと向いていた。
「いらっしゃいませ……」
重厚な木扉を押し開けた俺を出迎えたのは、およそ酒場には似つかわしくない銀髪を灯した長身の女性だった。
「ロットだ。ディヴィの友人なのだが……ケイはいるか?」
「!」
俺が名を名乗った瞬間、彼女の美しい銀色の瞳が微かに見開かれた。
「そう……あなたがロットさん。学院の留学生なのね……」
ディヴィかケイが事前に彼女に俺のことを話していたのだろう。
「ケイが心配で顔を見に来たんだ」
「あの子ならあそこに……」
女性が視線で促した先を見る。
「――いた」
ケイは、いつものウサギのぬいぐるみを愛おしそうに抱えながら、冷たい床の上に丸くなって眠っていた。その無防備な姿に少しだけ胸を撫で下ろす。
だが、静まり返った店内の奥へ視線を巡らせた瞬間、俺の身体が硬直した。
薄暗い酒場の空気の中で、ひと際鮮やかに主張する見覚えのある明るい黄色の縦ロール髪。
「お前あの時の音楽室にいた――」
「あら! こんなむさ苦しい所でお会いするなんて。あいにくですが、今日の私は演奏する暇なんてなくってよ!」
彼女は豊かな髪をバサッとかき上げ、慣れた手つきで給仕の仕事をこなしていた。
そういえば、あの時は互いに名乗っていない。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。俺はロットだ」
「優雅なる私の名はイルテ」
彼女はトレイを胸に抱え、お嬢様然とした不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ここヴァロン酒場が誇る――不動の看板娘よ!」




