第7話……姉サマは渡さない
ぶっっっそうだな、おい!
比喩じゃなく、本気で命の危険を感じるタイプの眼光だ。
「ちょっとケイ! これから1週間一緒に練習する仲間なんだから! そういう物騒なこと言わないの!」
ディヴィアの慌てた声が室内に響く中、俺はこの学園の底の深さを、改めて肌で感じていた。
――そもそも、ケイはどう見ても学年が下だろう。それなのに中3の実行委員室で一緒に練習していいんだ? 妹だから特別に一緒にやりたがっているのだろうか。
潜入捜査官としては、懐に飛び込んで情報を引き出すのが先決だ。俺はさっそく、不機嫌の塊のようなケイの練習相手になってやることにした。
「むっ……」
結果は5勝5敗、見事なイーブンだった。
意外とやるな、この黒チビ。
プレイしてみて分かったが、この『アイスゲーム』の基本戦術は、「金」のカードを、相手に対し-1Pのペナルティを持つ「黒」のカードに絶対にぶつけず、失点を防ぐことにある。
【赤>黒>金】という基本優位を脳内で素早く抑えておけば、あとは読み合いに持ち込んで着実に点数を稼ぐだけだ。やはり、ロジックの組み立てが勝敗を分ける。
「ケイと互角に渡り合えるなら、今回の代表戦はかなりいい線いけるわね!」
ディヴィアがポンと両手を叩いて喜ぶが、当のケイは納得がいかないように顔を真っ赤にしている。
「……姉サマ! 私はこいつより、ずっと強いのです……!」
「……あうぅ、せめて、せめて私をディヴィ姉サマと一緒のチームにっ……」
涙目で訴えるケイだが、あいにくこの代表戦は学年別の縛りがある。ディヴィアとケイは別チームだ。しかも今回は、各学年の代表が二人ずつ選出される『2対2(ペア)』のチーム戦らしい。
「残念だったな。俺とディヴィアがペアを組むんだから、大人しく諦めろ」
「……おのれぇえええ……ぐぬぬぬぬ……っ!」
あ、これ火に油だったわ。案の定、猛烈なヘイトを買ってしまった。
「あ、私のことはディヴィでいいわよ、ロット」
「姉サマっ!!!!」
なるほどな。
こいつ、ディヴィのことが好きすぎる。だから隣に割り込んできた俺に、やたらと牙を剥いて突っかかってくるわけだ。シスコンのシスコンたる所以を見た気がする。
「ざまぁねえな、わっはっは!」
つい意地悪く笑って煽ると、ケイの血管は完全にリミットを振り切った。
「……アストレイア様、どうか、どうかこの愚かなる害虫に、大いなる死の恩寵を……」
「悪いが、そんなオカルト呪詛は俺には効かねえよ」
ゴスッ、ボスッ!
って物理攻撃じゃねーか!
ケイはどこからか取り出した不気味なウサギのぬいぐるみを、全力の投擲フォームで俺の顔面に放り投げてきた。
「……べっーーーーだ!……っ」
バタンッ!
盛大にドアを閉めて走り去っていく。まったく、忙しいやつだ。
「……ふふ、あの子が、初対面の人とあんなに感情を剥き出しにして話すなんて珍しいわ」
ディヴィが愛おしそうにドアを見つめる。そうなのか。まぁ、見るからに重度の人見知りだしな。
「ますますあなたを気に入ったわっ!」
ディヴィはそう言って笑った。
◇
キーンコーンカーンコーン。
放課後。ディヴィと一緒に下校の途についているわけだが、さっきから背後にみょーな殺気(ひりつくような視線)を感じる。振り返るまでもなく、あの黒チビだろう。
「ヴィア姉さま? えぇ、学院には昔通っていたそうよ!」
歩きながらディヴィにヴィアのことを探ってみるが、返ってきた答えは予想外に軽いものだった。
なんで卒業生がまた中等部に入れる?学院が適当すぎるのか。ヴィアが本当はどこかの格式高いお嬢様なのかとさえ思えてくる。
「ケイのクラスに、ヴィア姉さまが入り込んできた時はさすがに驚いたけれど」
「まぁ、ヴィア姉さまだし……」
いや、おかしいだろ! そこはもっとツッコめよ!
なんで高校生以上の見た目をしてるヴィアが、中1の教室に当然のような顔をして入り込んでるんだよ! この街の人間は全員、ヴィアの存在に対して思考停止でもしてるのか?
「あ、それじゃ私、これから酒場の手伝いがあるから!」
ディヴィの言葉に、俺の脳裏にアーサーの言葉がよぎる。
――『僕たちが周囲から見張られていないか、監視する』
俺たちを狙う見えない脅威。だとしたら、この何も知らない姉妹はどうなんだ? 俺と一緒に居ない方が、彼女たちにとっては安全なのかもしれない。だが……。
「ケイも後ろにいることだし、そこまで送るよ」
俺が親指で背後を指さすと、ディヴィが不思議そうに振り返った。
「おーい、どうせ一緒に酒場に行くんだろ! コソコソしてないで出てこい!」
……がるるるるる……。
犬かお前は!
建物の陰から、今にも飛びかからんばかりの唸り声をあげて、ケイが姿を現した。
「……ふん、姉サマに纏わりつく不浄の虫め……」
「……今すぐ、ここで滅す……」
「はーい、そ・こ・ま・で」
ディヴィに後ろからひょいと抱きかかえられ、ケイは「ぶぅ……」と分かりやすく不満そうに頬を膨らませた。完全に猫の扱いである。
「そういえば、ヴァロン酒場って家族だけでやってるのか?」
歩調を合わせながら、何気なさを装って核心に近い部分を聞いてみた。
「ええ、今はマスターと、ヴィア姉さま、フルール姉さま、それに私と、末っ子のケイの5人で切り盛りしてるわ」
ふーん? 4姉妹、プラス店主か。
……あれ? 待てよ。
今、ディヴィの口から出た家族構成の中に、母親の名前が入っていなかったぞ。複雑なご家庭なんだろうか。
「それじゃ、ロット、ばいばーい! また明日ね!」
「……いっーーーーだ!……っ」
雪がちらつく夕暮れのひと時。陰で盛大に変顔をしているケイが、ディヴィに「こら、めっでしょ!」と怒られている微笑ましい光景。
――肝心な所を聞きそびれてしまった。
◇
夜。潜入捜査の拠点であるアーサーの隠れ家。
「……なぁ、お前酒場の仕事はいいのかよ」
「何よ、急に」
シャワーを浴び終えたばかりなのだろう。湯上がり特有のみずみずしい香りを漂わせ、ベッドで贅沢にくつろいでいるヴィアに、俺は呆れ半分で問いかけた。
「お前の妹たちは、今も店でせかせかと働いてるぞ」
ヴィアは濡れた髪をエレガントに指先で弄びながら、事も無げに言ってのけた。
「いいのよ、別に。……私は生まれつき病弱だから」
嘘をつけええええええええええええ!!!!
昨晩、俺をゲームでボコボコの10敗に追い込んだ奴のどこが病弱だ!
この女、やっぱり何から何まで怪しすぎる――。




