第6話ワガママな末子6女ケイ
ディヴィアが鮮烈な赤髪をなびかせ、弾かれたように席から立ち上がる。
「私は大賛成よ! 人手は一人でも多いほうがいいに決まってるもの!」
教室の空気が、一気に彼女のペースへと巻き込まれていく。何やらこのまま外堀を埋められ、実行委員に祭り上げられる流れだ。
――いや、待てよ。
この学園の核心に迫る一大行事だ。ただの一般生徒として埋もれているより、実行委員という特権的な立場に収まったほうが、本来の目的である『不老薬』の手がかりにアクセスしやすくなるんじゃないか?
リスクとリターンを天秤にかけ、俺は席を蹴って声を張った。
「初の男子委員として、ぜひ俺にやらせてください!」
おおっ、と教室中が蜂の巣をつついたようにざわめいた。
「そうか、そうか! やってくれるか、ロットくん!」
担任の先生も、歓迎するように目を細めている。
「話が決まったわ!さっそく準備に取り掛かりましょうっ!」
ディヴィアの号令一過、俺は彼女に腕を引かれて教室を連れ出された。
……おい、授業はどうすんだよ!まだ午前中だぞ。
「実行委員っていうのはね、成績がとびきり良くないと任命されない名誉職なのよ!」
廊下を小走りで駆け抜けながら、ディヴィアは弾んだ声で誇らしげに語る。
「先生に指名されるってことは、あなた、それなりに頭が切れるんでしょ?」
タタタッ、と彼女のローファーがリズミカルに床を叩く。
「だったら――」
ディヴィアの説明を要約すると、こういうことだった。
10月31日アイスゲーム本戦に出場できるのは、他学年との代表戦を勝ち抜いた優勝チームのみ。
実行委員は、その校内戦に向けた会場設営と、クラスの練度を上げるためだという。
なるほど、本番のお祭りに向けた合同予行演習のようなものか。
走りながら、ちらりと開け放たれた特別教室の扉に目をやった。音楽室だろうか。
薄暗い室内の奥、陽だまりの中で、鮮やかな黄色の髪をした生徒が一人、孤独にハープを爪弾いていた。寂寥とした旋律が耳をかすめる。
午前中に授業も受けずに一人で演奏か?
ディヴィア曰く、さっきの奴もそうだが、成績優秀者や実行委員はこの準備期間中の座学が全面的に免除されるらしい。……この学院、特例が過ぎないか。
案内された実行委員室は、生徒会室も兼任しているようだった。そもそも生徒数が少ないため、権力の偏りがえぐいな。
「放課後になれば他のメンツも揃うわ! それまでは私とアイスゲームの特訓よっ!」
というわけで、放課後までの時間はひたすらゲームの盤面を挟んだ特訓に費やされた。
ふぅ……と、10戦目を終えて短く息を吐き出す。
結果は、ディヴィアが6勝に対し、俺が4勝。
昨晩のヴィアとの地獄の連戦で思考の引き出しが鍛えられたようだ。
「中々やるじゃない、あなた」
ディヴィアが悔しそうに、けれど楽しそうに微笑む。
「このゲーム、実力が完全に拮抗すると、一手ずつの読み合いがループして5戦連続引き分けなんてこともザラにあるのよ!」
なるほど、徹底した心理戦のゲームか。手の内を知り尽くした相手ほど、泥沼の長期戦になりそうだな。
「私たちのクラスが完全勝利すれば、部費の予算だけじゃなくて特別な報酬も出るってウワサなの」
ディヴィアは声を潜め、両手で祈っている。
「アストレイア様の『永遠の美しさ』が手に入るとか!」
なるほどな、と俺は内心で冷ややかに得心する。
表向き、何も知らない学園生たちにはそういう甘いおとぎ話を信じ込ませているわけだ。
この学園に妙に美人が多いのも、おとぎ話と何らかの因果関係があるのかもしれない。
廊下や部屋の至る所に設えられた、不気味なほど精巧な女神アストレイアの彫刻。そこはかとない、歪な宗教的狂信を感じずにはいられなかった。
コンコン。
その時、俺の思考を破って重苦しいノックの音が響いた。
「きたわね。いらっしゃい!」
「……うんしょ……」
ゆっくりと、軋むような音を立ててドアが開く。
――その姿を見た瞬間、俺の背筋に冷たい火花が走った。こいつ。
あの夜、ヴァロン酒場で見かけた顔ってことは、間違いない。
「姉サマ……知らない人がいる……」
「……あなたは、誰……?」
少女は、まるで意思を持たない人形か、あるいは精気を失った死体を思わせる漆黒の髪をまとっていた。緩やかなウェーブがかかっているようにも、ただ酷くボサボサなだけにも見える。
前髪の隙間から覗く顔は病的で、目の下にはどす黒いクマが刻まれていた。年齢的には、まだ中等部1年生(13歳)といったところか。
「ケイ、自分から名乗らないとダメって言ったでしょ」
「……それに学院に男……?」
ケイと呼ばれた少女は、ディヴィアの小言などまるで耳に入っていない様子で、その虚ろな、しかし刺すような視線を俺の喉元へと固定した。
「……ディヴィ姉サマに、近づくなら……」
「……死体にする……」
ぶっっっそうだな、おい!
比喩表現じゃなく、本気で命の危険を感じるタイプの濁った眼光だ。
「ちょっとケイ! これから1週間一緒に練習する仲間なんだから!そういう物騒なこと言わないの!」
ディヴィアの慌てた声が響く中、俺はこの学院の闇深さを、改めて肌で感じていた。




