第4話はじめては
ヴィアは何を出す?
手元に配られた、冷たい光沢を放つ6枚のカード。
考えてみれば、俺はこのゲームの戦術なんて何一つ知らない。完全な初心者だ。
迷った末、俺は手の中から『青』のカードを抜き取った。深い藍色を湛えたその色彩は、奇しくも目の前で冷然と佇む、ディヴィアの美しい髪の色と同じだった。
「セット、オープン」
アーサーの厳かな声を合図に、カードの表面が電子的な魔力によって浮かび上がる。
【第1ターン】
ヴィア:[ 金 ](+0) = 累計 0 P
ロット:[ 青 ](+1) = 累計 1 P
一瞬、勝敗の読み方が分からず視線を彷徨わせたが、すぐに理解した。
ヴィアが出したのは『金』。対して俺が出したのは『青』。
青のカードは、黄以外のすべてに対して無条件で『+1ポイント』が刻まれる。
「あら、やるじゃない……フフ」
ディヴィアの薄い唇が、妖艶な弧を描いて歪む。
こういう不条理な初心者狩りをしている時のこいつは、心底楽しそうだ。ゾッとするほど冷徹で、美しい笑顔だった。
「セット、オープン」
【第2ターン】
ヴィア:[ 金 ][ 青 ](+1) = 累計 1 P
ロット:[ 青 ][ 銀 ](+0) = 累計 1 P
俺が繰り出したのは『銀』。だが、それを予測していたかのように、ヴィアは『青』をぶつけてきた。
青の侵食によってヴィアにポイントが入り、累計点数は一瞬で「1対1」の同点に並ぶ。
なるほど、これが『アイスゲーム』の真髄か。
1枚目の開示情報から、相手の残りの手札と次の一手を予測し、さらにその裏をかき、欺き合う。この悪趣味な騙し合いのシステムは、底意地の悪いディヴィアの性格にぴったりじゃないか。
「あら。私と対峙している最中に、他のくだらないことを考えている余裕があるのかしら?」
「うるせえ。どうせフェイクで揺さぶってるだけだろ」
俺はノイズを振り払い、3枚目の選択を急いだ。
「セット、オープン」
【第3ターン】
ヴィア:[ 金 ][ 青 ][ 黄 ](±0) = 累計 0 P (※黒の効果で-1P)
ロット:[ 青 ][ 銀 ][ 黒 ](+0) = 累計 1 P
「……よし、黒が通った」
俺の放った『黒』の呪言が、盤面を黒く塗りつぶす。
黒のカードは赤以外のすべてを侵食し、相手のポイントを強制的に『-1』させる。これによってヴィアの累計得点は1から0へ引きずり下ろされ、再び俺が1点リードを奪った。
なんだ、案外楽勝じゃねえか。まだたったの1点差だが。
呼吸を忘れるような静寂の中で、無機質なカードの提示が繰り返される。
「セット、オープン」
【第4ターン】
ヴィア:[ 金 ][ 青 ][ 黄 ][ 銀 ](+1) = 累計 1 P
ロット:[ 青 ][ 銀 ][ 黒 ][ 黄 ](+0) = 累計 1 P
ヴィアの『銀』に対し、俺の『黄』がぶつかり、相性差でヴィアに+1ポイント。
これでまた「1対1」の振り出しに戻された。
クソ、4枚目が開いた時点での読み合いが、これほど致命的になるとは。残りの手札から逆算して、相手の絶対的な最適解を予測しなければ、一手遅れただけで死線に立たされる。
ここからが本当の地獄、第5ターンだ。
現在、ヴィアの残る手札は『黒』と『赤』。
対して、俺の手札にあるのは『赤』と『金』。
――もし、俺がここで『赤』を出した場合。
ヴィアが『黒』を選んでいれば、赤の優位性によって俺の勝ち。だが、互いに『赤』を出して引き分けた場合、最終第6ターンは俺の『金』とヴィアの『黒』が激突し、黒の侵食効果によって俺の敗北が確定する。
――なら、俺がここで『金』を出した場合。
ヴィアが『黒』を出していれば、黒の効果で俺の負け。だが、ヴィアが『赤』を出していれば、ここは引き分けとなり、第6ターンで俺の『赤』がヴィアの『黒』を屠って俺の勝ち。
5ターン目にヴィアは赤を出せば安牌。意地悪なヴィアが安全策を取ると思えないが裏をかく可能性もある。
この数理モデルの檻の中で、ヴィアの冷ややかな視線が、俺の脳髄をじりじりと灼いていく――。
「セット、オープン」
【第5〜6ターン(最終リザルト)】
ヴィア:[ 金 ][ 青 ][ 黄 ][ 銀 ][ 黒 ](+1)[ 赤 ](±0) = 最終 2 P
ロット:[ 青 ][ 銀 ][ 黒 ][ 黄 ][ 金 ](-1)[ 赤 ](±0) = 最終 0 P
結果は、無残な敗北だった。
第5ターン、俺が選択した『金』に対し、ヴィアは完璧にこちらの心理を読み切って『黒』を置いていた。そこで俺は-1ポイントの処刑宣告を受け、ヴィアには+1ポイントが加算。2点差になる。第6ターンは互いに『赤』で引き分け、ゲームは終了した。
「見方は簡単だよ、ロット。その盤の一番右に浮かび上がっている数字が、このゲームの最終的な得点さ」
傍らで静観していたアーサーが、肩をすくめて、敗者に優しくそう教えの手を差し伸べた。
「ミジンコにしては、いい勝負だったわ」
誰がミジンコだ、誰が。
呆れ混じりの悪態を心の中で吐き捨てる。大会本番まで、あと1週間。そこで俺たちの運命のすべてが決まる。
「死ぬ気でやらないと、とても勝ち上がれないよ」
あぁ……分かってるさ。言われなくたってな。
「明日は、疑われないようにバラバラで登校しよう」
俺は手元の端末を開き、デジタルマップに視線を落とした。
目的地である中等部は――。祭り会場の真北、位置的には北西の方角か。
ちなみに、俺たちが今いる現在地は、会場から東に外れたアーサーの隠れ家(自宅)。大雪さえ無ければ、遅刻する心配だけはなさそうだ。
「潜入捜査ね。……フフ、私はどこにいても目立ってしまうのが難点だわ」
ヴィアが髪を払いながら、不敵に美しく微笑む。
――こっちの心配は、まさにそこだ。
ヴィアの奴、絶対に問題を起こすんじゃねえぞ。巻き込まれて共倒れになるのだけは、真っ平ごめんだ。
「方針はまとまったね」
「それじゃ」とだけ言い残し、アーサーが静かに部屋を出ていこうとする。
「おーい、どこ行くんだよ?」
呼び止める俺の声に、アーサーは振り返りもせず答えた。
「僕たちが周囲から見張られていないか、徹夜で周囲を監視する」
……おいおい。アーサーが「陰謀論を信じる妄想世界の住人」でないことを願うばかりだが、こういう極限状態でのアイツの真面目さは、時に狂気すら孕んでいる。
だが、1人での徹夜はさすがに無理がある。ただでさえ目立つヴィアに夜番を任せるわけにはいかない以上、俺が動くしかないだろう。
「……分かった。夜半に俺が交代にいく。無理はするなよ」




