第3話心理戦
「やっぱりアーサーは本物のバカだった」
時々致命的な大バカになる。目の前で爽やかに微笑むアーサーを見て、俺は率直にそう確信した。
世界の裏に潜む巨大な権力、石油王や大富豪が蠢く国際的陰謀――その『森』に隠れるための手段が、まさか20歳の俺に中学生の制服を着せて女学院に放り込むことだなんて、どこの世界の物理法則を歪めればそんな結論に至るんだ。
「捕まるぞ? マジで」
「大丈夫、君はちっちゃいしね」
お前、今すぐその端正な顔面をぶん殴ってやろうか。
「顔だって……まあ、決してモテはしないだろうけど、自然に溶け込める凡庸な顔さ」
「ケンカしたいんだな?そうなんだろ、クソアーサー」
怒髪天を突きかける俺を、ヴィアの透き通った声が遮った。
「それで?私たちがそれぞれ別の学年に潜り込んで、一体何を探せばいいの?」
「相変わらず勘がいいね、ヴィア」
こういう時のヴィアの観察眼は、精密機械のように鋭い。
「目的は『不老薬』の奪取、あるいは情報の網羅だ。可能なら盗み出すし、厳しければ正攻法でアイスゲームに勝ち残る。」
さらりと恐ろしい大博打を口にする。
「不老薬さえ手に入れば、アイス家を相手どる最高のネゴシエーションの材料になるからね」
「……同意ね。私たちの命の保障と引き換えにするなら、不老薬ならお釣りがくるわ」
「決まりだ。となるとロット、君は今日中に会社に1週間の休みをもぎ取ってこないといけないね。」
ブラックなアルバイト先になんて言えばいいんだ。事故に遭って生死の境を彷徨ってるとでも嘘を吐くしかない。
「大丈夫、きっと上手くいくさ。僕たちの手で、この不条理な世界から3人分の脱出切符を奪いに行くんだ」
恐ろしいほどの絶対的な自信。その瞳の奥にある奇妙な熱量に、俺の胸もわずかに毒されていくのを感じる。
「さて、明日からの本番に向けて準備をしよう。今夜は2人とも、僕の家に泊まってもらうよ。支給品の確認、潜入の心得、そして何より――最重要課題である『アイスゲーム』の必勝法を叩き込むためにね」
何をやるんだ一体。そのアイスゲームとやらは。
世界を牛耳る富豪たちが血眼になり、この村の美しき女たちが牙を剥く、そのゲームの正体って奴は。
「カードゲームよ」
ヴィアが、トランプを繰るような手つきで指先を動かした。
カードゲーム?
肉体を酷使するスポーツでもなく、チェスのような重厚なボードゲームでもない。カードバトル!?まさか、中等部の教室で「決闘!!!」とでも叫び合うのか。
なんだ、拳同士の語り合いより遥かに簡単そうじゃないか。
「シンプルだけど、これは魂を削り合うような心理戦さ。負けるとプライドがズタズタに引き裂かれて、すごく悔しいんだよ」
アーサーが机の上に、端末を置き3Dで表示させる。
【アイスゲーム・ルール説明】
互いに6枚のカードを持ち1枚ずつを同時に出し合う1VS1の心理戦。最終的にポイント(P)の多い者が勝利する。
基本の環(相性):
赤<青<黄<銀<金<黒<赤
・この力関係において【優位】な色を出した場合、出したプレイヤー +1P を獲得する。
・【青】は【黄】以外に対し、出したプレイヤー+1P となる。互いに【青】を出し合った場合は相殺されず、互いに+1P 。
・【黒】は【赤】以外に対し、相手のポイントを -1P させる。ただし、互いに【黒】を出し合った場合は、互いに0P(変動なし)となる。
・上記以外の組み合わせはすべて ±0。
・1ゲームは互いに6枚の手札を出し切ること。一度出したカードは次のゲームまで使用不可
つまり、引き分けが続けばゲームは泥沼化し、逆に1点多ければ1ゲームで処刑宣告だ。
「大丈夫、君ならすぐに馴染むさ」
心理戦のカードゲームか。筋絡みのデカブツに力任せに殴り飛ばされるよりは、確かにこちらの方がマシだ。
なるほど、これなら腕力に劣る女性が多いこの村であっても、巨万の富を持つ男たちと対等に戦える。
持たざる奴隷が盤面の上だけで絶対的な王を屠るためのシステムだ。
「さあ、そうと決まればさっさと練習よ。そこのノロマは、私についてこれるかしら?」
おい、と俺は目を見張った。ヴィアの奴、いつの間にか紺紺としたアストレイア女学院の制服に着替えてやがる。
って誰がノロマだ。髪の毛刈り上げるぞ。
「アンタが悠長にアーサーの説明を文字通りボケっと聞いてる間に、さっさと着替えたのよ。まさか、本番直前に試着もせずにぶっつけ本番で行く気?」
「着てやる必要がどこにあるんだよ! お前のコスプレ趣味につき合う暇は――」
「本番は制服での決闘なんだから、今から慣れておいて損はないじゃない。……それとも、負けた時の言い訳を用意しているのかしら?」
……言ってくれるじゃねえか。
「上等だ、やってやろうじゃねえかッ!」
第一試合――ヴィア VS ロット。
運命を賭けた決闘のゴングが今、無機質な白い部屋の空気を震わせて、けたたましく轟いた。




