第2話足あとが繋ぐもの
◇ロット(20):黒髪の青年。研究の後遺症で性格も髪色も歪んでしまった。ブランカ村でアルバイト配達員として生計を立てる傍ら、母ヴィアの手掛かりを探す。
◇アーサー(20):職場で出会った金髪の優しい親友。ヴィアのことになると過保護になるのが玉に瑕。アイス家に対して良いイメージを持っていない。
◇ヴィア(18) :母親と同じ名前の青い髪の毒舌少女。よくロットとケンカしている。
◇ディヴィア(15)赤髪ロングの6姉妹のしっかり者。ヴィアの妹。
「くそっ!!!」
俺はとっさに叫び、身構えた。
張り詰めた空気が円卓を支配する。
「……誰か扉の前にいるみたいだね」
アーサーが声を潜め、部屋の隅の暗がりに視線を走らせる。
「しっ!静かに!落ち着きなさい、何か聞こえるわ」
ヴィアの鋭い一言で全員が息を呑んだ。
張り詰めた沈黙。氷の峡谷を吹き抜ける風の音に混じって、密閉された世界に微かな摩擦音が響く。
――ガリガリ、ガリガリ。
「動物か?」
「……扉を引っ掻いているわね」
「なんだよ、おどかすなよ……」
心臓に悪い。まったくやれやれだ。
ギィッと床を鳴らしてアーサーが扉へ歩み寄り、警戒しながらその正体を迎え入れるために細く開いた。
「にゃーあ」
「「「はぁあ……」」」
見事に重なった特大のため息が、無機質な部屋に木霊した。
「なんか……前にもこんな事あった気がするぜ」
「なによそれ。変な事言わないで頂戴」
ヴィアが呆れた声を出すが、俺の指先は妙な違和感に固まっていた。
「――?そういえばそうだな。初めて見るはずなのに」
ポリポリと頭を掻く。……ボケてきちゃったのかな、俺。
足元に滑り込んできたのは、汚れ一つない純白の毛並みだった。
「へぇ、白猫かい?」
アーサーが怪訝そうな顔をして覗き込む。
「あら、よく見たらこの子! 最近、私の家の周りをうろうろしてる子よ」
「そうなのか。せっかくだから名前を付けてやろう!お前の名前は今日からシロだ!」
「安直ねぇ……」
ヴィアはやれやれと首を振る。
「にゃーご」
――?
さっきからどうしたんだ、俺は。
妙な確信がある。俺は前にも別の場所で同じような『白い猫』に名前を付けた記憶があるぞ……?
猫を飼った記憶などない。そして猫を見るのも名前を付けるのも初めての経験のはずなのに、デジャヴが脳裏をベタつかせる。
俺の混乱を余所に、ヴィアが件の白猫を優しげな手つきであやし始めていた。
「……ふっ」
冷酷と残虐と鬼畜を鍋でコトコト煮詰めて出来上がったヴィアが、そんな無防備な顔をするんだな。思わず笑いそうになってしまったが、あんまり凝視していると次は冷水じゃ済まない鉄拳が飛んできそうなので、無視することにする。
「にゃー」
すると今度は猫のほうが俺の足元に向かって歩いてきた。ズボンの裾に額を擦り付けてくる。
「お? なんだ俺のことが好きなのか?」
「マタタビでも身体中に塗りたくってるのね。寄ってくるのが猫だけで良かったじゃない」
「んな訳あるか!」
相変わらずの減らず口だ。欲しい物を取られた子供みたいな顔をしてるヴィアはフンと鼻を鳴らした。
「……よし、本題に戻そう」
アーサーがパンと手を叩き再び席についた。こいつにしては、えらく真剣な底知れない目をしている。
「ロット、君には僕と一緒にアストレイア女学院に潜入してほしい」
「なんだと!?」
耳を疑った。相変わらずというか、ここまで頭のネジがぶっ飛んだトンチキな野郎だったのか。
「もっぺん言ってみろ」
「アストレイア女学院に潜入してほしい」
「うるせえ! もう一回聞いても一言一句違わねえじゃねえかッ!!!」
「うん、その通りだ。僕の滑舌は悪くないからね」
「あっははははははーーーーーっ!!!」
ヴィアが椅子を叩いて大笑いしやがる。
「いいじゃない女学院!どうせならもう一度学生からやり直してきなさい!!!」
「傑作ねっ! あっははははははーーーーー!」
「どういう意味か説明しろ、アーサー」
俺は完全にヒートアップして、一人ぶち切れ寸前でアーサーを睨みつけた。
「シーフになると言ったろ?その調査だよ。それにこれは君の身を守るためでもあるんだ」
「男を女学院に放り込んで、何が身を守る為だ!ああん?」
「学院の中を隠れ蓑にするんだよ。あそこは常に警備が厳重で、80年に一度のアイスゲームの期間中は、さらにその警戒レベルが跳ね上がる。まさに、外部からの介入を一切拒む鉄壁の要塞さ」
なぜこいつはそんなに詳しいんだ。俺よりわずか1年先にこの村に来たばかりの風来坊のくせに。
「最高の案じゃない!もちろん私も乗るわよ!」
「おいヴィア!?」
「だって話を聞く限り、世界の資産家たちの暴力から逃れるには一番安全そうだもの」
「それがいいね」
アーサーまで満足げに頷く。おい待て、男二人で女装でもして潜り込む気か?ただの変態じゃねえか。入る前に門前払い最悪の場合は即逮捕だぞ。
「安心しなよ、特例で男子の『短期留学』が1週間だけ認められているんだ。事前に探偵に調べてもらって手続きは済ませてある」
準備のいいことで。
ってことは、明日25日からアイスゲーム当日の31日まで、中等部女子だらけの園に軟禁されるのか。なげえなぁ……。
「背に腹は代えられない。アイスゲームを生み出したのは、今や世界的な大富豪となったアイス家だ」
いけすかねえな。そういう世界の頂点に立つような連中がいつの時代もやれ「血の儀式」だの「呪い」だのと大騒ぎして、娯楽を主催するんだ。
「金、酒、女……富豪の行き着くゴールなんて、いつだってこんな悪趣味なもんさ」
アーサーはすべてを見てきたかのような冷めた顔で、玄人のように肩をすくめた。
「セレブの風上にも置けないわね!」
「お前はいつからセレブになったんだよ!ただの酒場の受付だろうが!」
「失礼ね。次は泥水どころかヴァロン酒場特製の激辛ヴィアソースをかけるわよ?」
おいやめろ。やっと頭の水気が乾いてきたんだ。っていうかヴィアソースってなんだよ!
「と・に・か・く・だ」
アーサーが少し声を荒げて、俺たちの小競り合いを遮った。
「アイスゲームで優勝して、主催であるアイス家に直接雇ってもらう。これが世界中の刺客から僕たちが狙われなくなる唯一にして絶対の方法だよ」
確かにな……。どこへ逃げても追ってくるだろうし、なにせ相手は世界の国を牛耳る資金力だ。
灯台下暗し。逃げ場がないなら、いっそ敵の懐の最深部に入り込むしかないか……。
「……どこで狂っちまったんだ、俺の人生」
頭を抱えて呟く。
アーサーとヴィア、この2人と出会って、学歴なし・職歴なしの社会不適合者というレッテルから、ようやく解放されたと思っていたのに。現実はレッテルどころか国際的陰謀の真っ只中だ。
「これがアストレイア女学院の制服だ」
「あら、結構かわいいじゃない」
おい!俺が真剣に人生を回想してる最中に割り込むな!
「……で、学年はどうすんだよ。俺たちの年齢明らかに浮くだろ」
「問題ないよ。僕が2年生、ロットが3年生、ヴィアが1年生だ」
「高校生か?そこ」
「ああ、言ってなかったかな」
アーサーは至極当然の書類を差し出すかのように、爽やかな笑みを浮かべた。
「アストレイア女学院――中等部だ」




