期待の崩壊(王子の内面)
中庭へ続く石畳を踏みしめるたび、王子は胸の内で物語を反芻していた。
――対立。劇。勝利。
古来からの英雄譚の三幕構成が、王子の脳裏で眩しい灯りを放つ。
廊下に並ぶ生徒の視線は、彼にとって観客席だ。
噂の囁きは鼓動を煽るドラムロール。
ユーフェミアは舞台に立つ悪役。
そして自分は勇者――断罪し、屈服させ、世界を守る主役。
そこで初めて物語が完成するはずだった。
だが、アーチをくぐり中庭に足を踏み入れた瞬間、脚本は空中で破れた。
そこには観客などいなかった。
教師たちはクラブサンドの切れ端の話でもするように穏やかに紅茶を啜り、
生徒はハンモックに揺られながらページをめくる。
芝生には小鳥の魔法生物が降りてきて、落ちたパン屑をついばんでいる。
一切の緊張も、対立の気配もなかった。
誰も舞台装置を設営していない。
灯りもなければ幕もない。
ましてや拍手の準備など――どこにも。
王子は踵を引きずるように前進する。
胸の奥で鳴らしていた開戦のファンファーレが、
静寂に吸い取られ、砂漠に落とした水滴のように消えていく。
――おかしい。
この場所はもっとざわめきに満ちているはずだった。
英雄の登場は、期待と恐怖で空気を震わせるはずだった。
だが現実は、王子の幻想に忠誠を誓ってはくれなかった。
ハンモックの布の揺れが、風の低い音に眠たく揺れている。
教師のカップが、陶器同士の穏やかな触れ合いで小さく鳴る。
鳥のくちばしがパン屑を啄むたび、芝生の上に微細な音が散っていく。
王子の脳内に築かれていた観客席は、
目の前の平穏によって一枚ずつ崩されていった。
そこに残るのは、舞台を必要としない世界と、
演者を必要とされない英雄の影だけだった。




