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後退 ——「未完の英雄」
王子の肩が震えた。
ブランケットを剥ぎ取られた幼子のように、
守るべき熱量がどこにも残っていなかった。
視線の逃げ場を求めて、
彼は中庭の端から端へと彷徨う。
だがそこには避難所も慰めもなく、
ただ均整の取れた日常だけが広がっている。
最後に、声が零れる。
もはや誰に向けた言葉かさえ曖昧な問い。
「……俺は……間違っているのか」
ユーフェミアは鳥へパン屑を投げる。
その投射は軽く、習慣をこなすだけの仕草。
彼女は王子に視線すら与えず言う。
「評価の基準を他人に預けるから混乱するの。」
その声には慰撫も嘲笑も含まれない。
まるで“水は高いところから低いところへ流れる”と述べるような自然律。
王子は振り返らない。
背中に騎士用の外套が重く貼りつき、
汗に濡れた剣の柄が掌の中で滑る。
歩幅は小さく、歩みは不格好で、
それでも前へ進むしかなかった。
英雄は敗北したのではない。
英雄譚そのものが成立しなかったのだ。
空に叫ぶべき舞台も、対峙すべき悪役も、
この場には存在しなかった。
残されたのは、熱を奪われた少年と、
静かにパン屑を啄む魔法鳥だけだった。




