合理による解散 ——「熱ではなく最適化」
王子は壇上で喉を震わせ、最後の権威を振り絞った。
「逃げたのだ! 自らの罪から!」
魔法拡声器はその言葉をホール全体に反響させる。
天井の光幕が彼の表情を拡大し、英雄譚のクライマックスを模す。
激情は燃料だ。怒りは火薬だ。
そのはずだった。
しかし、反応は異なる方向から生まれた。
生徒A「え、じゃあ補助魔法は今日ないってこと…?」
生徒B「だったら寮に戻ればいいよね」
生徒C「午後の共同研究もあるし。時間の無駄だ」
まるで鳩時計の羽ばたきのように、椅子が静かに押し戻される音が連続する。
ひとり、またひとりと立ち上がる。
誰も慌てない。怒らない。早歩きすらしない。
ただ、時間資源の最適配分に従って歩み去る。
講壇の近くにいた教師のひとりが端末を閉じた。
その仕草は講義終了の合図に似ていた。
教師「断罪に関する議論は、後日審議会があるはずですしね」
同僚「我々が巻き込まれる法的リスクも低い。帰りましょう」
それは嘲笑でなく、怠慢でもない。
合理の手順に忠実なだけ。
情報が不足し、効率が低く、成果が見込めないイベント——
その分類が確定した瞬間、参加の根拠が失われた。
ホールを満たしていたのは熱狂ではなく、静かな実務だった。
王子の演説は、緊急放送でも革命の狼煙でもなく、
**「講義時間を浪費するノイズ」**に格下げされた。
誰も抗議しない。
誰も拒絶しない。
誰も彼に刃を向けない。
――ただ、必要性がないのだ。
英雄譚の破綻は、剣ではなく電卓で下される。
怒号の代わりにスケジュール管理アプリが起動し、
血の匂いではなく校内Wi-Fiの通知が人を誘導する。
席が空く。
前列、中央、後方へと静かな波が広がり、
断罪の舞台は、観客のいないセミナー室へと変貌した。
王子は立ち尽くす。
熱をぶつける相手がいない。
燃やす材料もない。
彼の激情は、湿った薪のように自身の胸で燻り続けるだけ。
壇上の照明だけが、彼を英雄らしく照らしていた。
その光だけが、観衆の不在を認めないまま輝き続けていた。




