「いない」ことの決定打
王子の演説が途切れたのは、魔力が尽きたからではない。
沈黙が、彼の言葉の背骨を抜き取ったからだ。
数分間、彼は高説を掲げ続けていた。
英雄、誇り、民族、抵抗――
そのどれも、観衆の耳を素通りし、空調の風のように散っていった。
やがて、ホールの中央でノートを閉じた学生が口を開く。
「……あれ、ユーフェミア先生来てない?」
その声は囁きに近かった。
だが、真空に落とした石のように、全体へ均一に波紋を広げた。
幾つもの視線が壇上へ向けられる。
空席。
その椅子には、何も置かれていない。
告発のための遺影すら、準備されていない。
生徒B「本人がいないのに断罪って成立する?」
教師「そもそも容疑が訴訟基準に到達していませんね」
投げかけられる言葉に、悪意はない。
疑問符の角が丸められた協議室の会話だった。
手順を確認するためのごく自然なやり取り。
それ以上でも以下でもない。
王子は理解が追いつかなかった。
彼の胸で撚り上げていた憤怒の糸が、誰にも触れられずに空回りしている。
観客の無関心は、拒絶ではない。
演目そのものを「ノイズ」と判断し、閲覧を停止しただけなのだ。
背後で側近が震える。
「ご、誤解です! 本日は処刑とまでは――」
声は途中で潰えた。
教師陣が視線を向けたからではない。
彼らが視線すら向けなかったからだ。
断罪の舞台は成立しない。
被告人の不在ではなく、憎悪という原材料そのものが欠落しているから。
観客は必要としない。
心を煮えたぎらせる炎も、英雄譚の導火線も。
王子の身体は前のめりになった。
膝が折れるような動揺ではない。
観測者のいない舞台に立つ役者の、存在理由の崩落だった。
彼は悟る。
ユーフェミアの魔法は人々を洗脳していない。
ただ治癒し、平静にし、回復させただけなのだ。
人は怒らない。
怒る必要がないから。
憎しみは芽吹かない。
芽吹く土壌を、もう誰も欲していないから。
英雄譚という巨大な機械は、潤滑油ではなく摩擦を必要とする。
しかしここには摩擦がない。
油膜のような福祉と最適化が、すべての衝突を事前に吸収してしまう。
――英雄とは、苦しみを鎖に繋がれた舞台装置に過ぎなかったのか。
王子の胸中で、炎は消えない。
ただ、熱を受け止める対象が宇宙から消え去っただけだった。
燃え残った怒りは向かう場所を喪失し、
その煙だけが彼の喉を燻らせ続けた。




