王子の孤立 ——「舞台の中央に取り残された人間」
断罪セレモニー開始から、わずか数十秒。
まず、前列の一角が空いた。
ラップトップを畳む音と椅子の軋みが、静かに舞台へ届く。
王子は視線を向ける。
だがその背中たちは、彼の言葉ではなく次の課題に向けて動く。
数分後、後方がスカスカになる。
大勢が立ち去るのではない。
ただ、一人ずつ必要なタイミングで席を立つ。
水が硝子の割れ目に沿って染み込むように、均質で、粛々と。
十分後、ホールは半ば空洞と化していた。
残っているのは――王子陣営だけ。
護衛、側近、侍従、儀典官。
彼ら自身も怖れているのは群衆ではなく場違いである自分たち。
王子は壇上から残骸のような観客席を睨みつけた。
その眼差しは、断罪の炎を浴びせるためのものだった。
しかし、そこに炎を受ける対象すらない。
出入口へ歩む教師の背中が目に入る。
彼らは堂々と、だが無関心に退場していく。
教師A「研究室に戻りましょう。午後の解析が残ってます」
教師B「今日は早めに切り上げられますね」
その調子は、雨が降りそうだから洗濯物を入れる程度のもの。
王子の断罪は、危機ではなくスケジュール調整に分類されていた。
誰もユーフェミアを擁護しない。
誰も王子を糾弾しない。
議論はない。主張もない。怒声もない。
――静かすぎる。
王子はその静寂に初めて気づいた。
敵意が存在しないという事実は、敵意よりも恐ろしい。
英雄譚に必要なのは反発だ。
悪役を前に群衆が沸騰し、怒りが血管を走り、叫びが天井を震わせる。
その熱量が英雄を作り、英雄が時代を推し進める。
彼はその“熱”の舞台を欲した。
だが現実には、空調の微風だけが揺れている。
側近(小声)「……まだ続けられます」
侍従「殿下の意図は伝わっております」
慰めの言葉は、暖房の設定温度を上げるように表面的だ。
観客の心ではなく、王子の冷えた背筋だけをどうにか温めようとする。
照明はまだ彼を英雄のように照らしている。
壇上の王家紋章は荘厳で、反射魔法の光幕は完璧だ。
しかしその環境は、ただひとりのために設計された牢獄に近かった。
舞台は存続しているのに、舞台は成立していない。
王子だけが中央に立ち、
彼が求めた“敵”も“熱狂”も“喝采”も、
いずれも無人の座席の向こうに消え去っていた。
英雄を夢見た者は、
観客が存在しない劇の主演というもっとも残酷な役割を与えられたのだった。




