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ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


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王侯貴族の危機 ——「英雄譚の死」

1. 王子の演説


王都の中央劇場。

黄金の紋章と旗に囲まれ、王子は群衆の前に立っていた。


胸元の剣は歴代の英雄たちの血を浴び、磨かれてきた。

その刀身は、英雄の系譜そのものだ。


王子は演説の句を切り、拳を握る。


「悲しみを背負い、剣を掲げよ!

苦難の先に栄光がある!」


かつてなら、群衆は熱狂の炎を上げただろう。

しかし今、観客席にはただ静寂が落ちていた。


魔道端末に顔を伏せ、数字を眺める者ばかり。

王子の言葉は統計の外部ノイズに過ぎなかった。


最前列の企業代表が眉をひそめた。


「悲しみ、苦難?

それは“非効率コスト”では?」


2. 王侯貴族の資本


王子は知っていた。

自分たちの力の源泉が「語り」であることを。


敵を討つ剣も、流された血も、死者の名も、

誰かの痛みを肩代わりした英雄としての物語に変換される。


民は涙し、拍手し、王家の旗の下にまとまる。

その感情の結束が、政治をドライブしてきた。


しかし今や、感情そのものが最適化対象になった。


3. 敗北の更新通知


演説直後。

王子の端末が震えた。新しい統計レポートだ。


先日の東方紛争:犠牲者数 124名

→ユーフェミア院、損害率上昇と評価

→戦術設計の不具合を指摘


王子は凍り付いた。


124人の死は、勇気ではなく“設計ミス”として処理される。


戦場で腕を失った副官は、

英雄ではなく補修対象として院に送られた。


「彼の犠牲は国を救った!」

「犠牲という言語が無駄です。

正常に回復できなかったプロセスが問題です」


ユーフェミア院の答弁はいつも淡々としていた。


4. 世界の反転


王子は王政会議で声を荒げた。


「我らは民を守った!

剣で敵を斬り伏せ、侵略を退けた!」


議員のひとりが眼鏡越しに答える。


「なぜ最初から防御魔導でリスクをゼロにしなかった?」


別の貴族が淡々と続ける。


「敵国への報復による心理的恐怖は統計悪化要因です。

脅して勝つ英雄譚は古い。」


場にいた誰も、彼に同情しなかった。


血を流すことは勇敢ではなく“未改善の残滓”。

戦果とは、ただの失敗の後処理に過ぎない。


英雄譚は、

野蛮なナルシシズムとして分類され始めていた。


5. 対峙


王子はユーフェミアを謁見室へ呼び出した。

月光が白磁のような彼女の横顔を照らす。


「剣は人々を守るためにある!」


胸の奥の熱が、声に乗って爆ぜる。


ユーフェミアは微かに首を傾けた。


「守るとは、傷つく可能性を排除することです。

本質的に戦争は“避けられる不具合”です。」


王子の喉奥で何かが崩れた。


「人は苦難を越えて強くなる。それが——」


「その成長は回復の遅延によって発生したものです。

もし即時に補正できるなら、苦難はただの浪費です。」


ユーフェミアの声音は、雪原の静寂のように冷たい。


6. 自己崩壊の自覚


この瞬間、王子は気づく。


自分が誇ってきた「強さ」は、

壊れた世界からこぼれた諦念に寄生した概念だったのだ。


英雄とは他者の痛みを肩代わりする者——

その言葉は美しく聞こえた。

だが裏返せば、痛みを存在させ続ける思想でもあった。


痛みが美徳でない社会において、

英雄の存在意義は蒸発する。


王子は剣の柄を握りしめた。

重さが、形だけの鉄に変わっていく。


剣に宿っていた光は、

もう誰も必要としない古い太陽の火種だった。

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