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ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


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英雄計画の崩落 ——「敵のない戦争」

1. 王子陣営のシナリオ


英雄譚とは、本来こうあるべきだ。

悪の魔女が現れ——弱者を惑わせ——社会を壊し——

そこへ颯爽と現れた王子一行が、光の剣でそれを討ち払う。


それは父王の書庫に並ぶ年代記が示す絶対の方程式であり、

剣の稽古の度に師範代が叩き込んだ倫理の骨格でもあった。


悪が先行し、英雄が追随する。

これが物語の構造であり、存在意義の源泉だ。


ゆえに王子たちは、学園内で奇妙な現象を観測した瞬間、

反射的に語彙を揃えた。


「反努力の魔女——ユーフェミア」


努力を放棄させ、怠惰を甘やかし、

弱者の膝に聖水を注いで腐らせる毒。


そう解釈することでしか、彼女を理解できなかった。

剣を抜く理由には悪が必要だ。

悪がなければ、剣はただの鉄棒だ。


だからこそ、悪は用意されるべき存在だった。


2. ユーフェミアの“静かな侵略”


しかし、魔女は魔女らしからぬ振る舞いをした。


脅さない。脅迫しない。

特別講義もしなければ、教義の布教もない。


ただ一つ——苦痛だけを取り除く。


試験前に焦燥で胃を痛める生徒には、

胃痛そのものを発生前に排除し、


練習で膝を潰した剣士には、

膝の靱帯に未来の伸縮値を与える。


失恋したものは即座に立ち直り、

失敗したものは翌日には平均値を上回る集中力を発揮する。


努力の副産物——落ち込み、停滞、迷走——がことごとく削除された。


その結果が統計表に赤裸々に現れた。


欠席率:42% → 4%


校内暴力:月平均37件 → 1件


自殺未遂:年間6件 → 0件


学業平均:A帯へ集束


全寮生の睡眠:最低6.8hへ安定


王子陣営は驚愕した。

何しろ、幸福が数字で証明されていたからだ。


宗教的熱狂なら否定できる。

感情なら論破できる。

だが統計は剣に貫かれない。


3. 王子の内心ノート


決闘場の空気は乾いていた。

王子は習慣のように剣を抜き、

柄を握った瞬間、首筋を冷やす違和感に襲われた。


「……俺たちは何を正す?」


声に出したつもりはない。

しかし思考は独り歩きする。


ユーフェミアは社会を腐らせているわけではない。

むしろ世界の毒を吸い取っている。


暴力は抑制され、絶望は減り、

嫉妬や不安は学園の空気から蒸発していた。


剣は痛みを断ち切るための象徴――

だが、痛みそのものが供給停止された世界で、

剣はどこへ振るえばいい?


英雄とは痛みと格闘し、

敗北と再起を繰り返す者である。


しかし痛みが存在しない社会に、英雄は成立しない。


王子は瞼を閉じ、柄を握る手を緩めた。


剣術師範が常に誇った言葉が頭をよぎる。


「勇者とは、人々の痛みを肩代わりする者だ」


だが今——

痛みを肩代わりする者はユーフェミアの魔法であり、

人ではなかった。


英雄は名誉ではなく、役割である。

役割が不要になれば、英雄は失職者に過ぎない。


王子はその場に立ち尽くした。

剣はまだ光っている。

しかし光を当てる闇がないのだ。


「俺は、敵のいない戦争を抱えている。」


そしてこの戦争は、誰にも気づかれない敗北で幕を開けた。

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