エリーの恐怖の本質
ユーフェミアの瞳は深海のように静かだった。
波もなく、風もなく、そこに危険の兆候はない。
だからこそ――恐ろしい。
エリーは指先を握りしめる。
皮膚が爪に押し込まれる感覚だけが、自分がまだ「生きている」と告げてくれる。
痛みが戻ってくることはない。
それもまた、彼女の回復の成果の一部なのだ。
ユーフェミアは傷つけるつもりがない。
その事実が、鋭利な凶器よりも深く刺さる。
彼女は誰も殴らない。
誰も罵らない。
誰かを圧倒する意図もない。
ただ治癒する。
疲労を削り、焦燥を除去し、不安を昇華させ、
心が抱え込んだ「暗闇」を、午後の日差しのように溶かしてしまう。
エリー(心の奥)
「この人は……傷つけるつもりなんてない。
だからこそ、怖い。
“善意”には誰も反撃できない。」
世界は結果だけを見る。
回復=善。
議論は成立しない。
ユーフェミアは暴力を振るっていない。
治癒しただけだ。
すべての結果が“良い”。
その“良さ”の下で、人々の呼吸は均され、感情は平坦化される。
悩む必要はなく、苦しむ権利も消え失せる。
人間のデコボコは磨き落とされ、寿命の延びたマネキンのような幸福だけが残る。
エリーの膝がわずかに震える。
それは悲しみではなく拒絶――しかし拒絶という感情ですら、ユーフェミアの前では矮小だ。
ユーフェミアはヒロインではない。
恋も友情も救済も、彼女の中には存在しない。
彼女は宗教であり制度である。
善性を疑うことが罪になる仕組み。
反抗は「不健康」、不満は「回復不足」、怒りは「調整対象」。
抵抗は常に“治療”で抑圧される。
銀髪の少女はただ無垢に微笑む。
その笑みの奥に、悪意も野心もない。
ただ一つの命題――世界を正しい状態へ戻すこと。
エリーは悟る。
この少女は“善の独裁者”だ。
王でも暴君でもなく、幸福を強制し、物語を奪う“治癒の暴力”の権化。
言葉にならない叫びが胸の奥で擦れ、
ひび割れた魂だけが囁いた。
(逃げないと。殺されはしない。けれど、私が私でなくなる。)
脅威は牙を向けない。
代わりに――全てを優しく均す。




