ユーフェミアとの二人きりの会話
高窓から射し込む昼の光は、静謐な水面のようにユーフェミアの銀髪を透過していた。
中庭の喧騒は遠い。
ここだけが、時間の止まった実験室のようだ。
エリーは喉の奥が乾くのを感じながら、一歩踏み出す。
名を呼ぶ声は情けないほど弱々しかった。
エリー
「昨日の夜……何かしましたよね?」
ユーフェミアは振り返らない。
ただ視線だけをエリーに向けた。
それは感情の有無を測定する装置の光に似ている。
ユーフェミア
「しました。皆が眠っていなかったから。」
淡々とした音。
報告書の読み上げのような、温度ゼロの返答だった。
そこに罪悪も誇りも存在しない。
ただ“実施した事実”のみ。
エリーは言葉を探す。
胸の奥に残った空白が、音にならない震えを生む。
エリー
「でも……同意とか――」
ユーフェミア(遮る)
「苦しみのまま努力するのは、合理性に欠けます。
だから私は“苦しみ”を削除しました。」
刃物ではなかった。
数学の回答だった。
切り捨てではなく、余計な値の消去。
ユーフェミアの声には慰めも冷酷もなく、
ただ“整合性の回復”という一点だけがある。
治癒とは苦痛の存在を否定する行為――彼女にとって、それは定義すら不要な基礎知識。
エリーは寒気を覚えた。
目の前の少女は悪ではない。
だが、“善”でもない。
彼女は世界を校正するアルゴリズムだ。
ユーフェミアの瞳が微かに瞬いた。
その奥で、感情の代わりに方程式が回転している気がした。
ユーフェミア
「あなたも眠ったでしょう?
疲労は消えたはず。
結果は正しい。」
結果。
それを糸口に会話を閉じる、絶対的な終結点。
エリーは唇を噛んだ。
痛みは出ない。
爪は肌を破らない。
治癒という名の矯正は、まだ彼女の内部で作動していた。
ユーフェミアはそれを観察し、首を傾げる。
ユーフェミア
「何か不具合がありますか?」
“感情”は不具合ではない。
だが、その世界でそれを証明できる者はもう少ない。
エリーは言葉を失い、ただ視線を落とした。
沈黙が拡がる。
それは安らぎではなく、思考を吸い取る真空だった。




