ユーフェミアの“回復”後の静寂
朝の校庭は、洗いたてのガラスのように澄み渡っていた。
昨夜の狂騒の名残は一粒も残っていない。
制服の襟は整えられ、足取りは軽い。
誰もが目覚めた瞬間から幸福の波に乗り、歩く度にそれを撒き散らしている。
エリーはその群れの真ん中で立ち止まっていた。
笑顔の生徒に肩を軽くぶつけられても、何も感じない。
反射的な謝罪も、苛立ちも、残響のように消え去る。
空気が澄みすぎている。
鳥の鳴き声さえ、昨日よりも高い純度を帯びている。
吐息は軽く、胸が広がる。
だというのに――呼吸が自分のものではない。
彼女だけが幸福の製造元を知っている。
昨夜の“睡眠”が自然ではないことを。
全校の心に施された、外付けの最適化であることを。
違和感は痛みではなかった。
痛みは排除されたのだ。
代わりに、白紙がゆっくりと脳を侵食する。
私の悩み……どこに行ったの?
問いは宙に浮かび、どこにも着地しない。
昨日まで胸に巣を作っていた自己嫌悪も、焦燥も、
親指の爪で皮膚を抉るような感覚も、すべて削ぎ落とされていた。
痛みのない身体は軽い。
だが軽すぎる身体は歩けない。
重力がなければ、足は地面を踏む意味を失う。
転んでも痛くない世界で、なぜ人は一歩を踏み出すのか。
彼女は試しに手を握った。
爪の先が皮膚に食い込む――はずだった。
柔らかい。赤くもならない。
その瞬間に悟る。
これは安息ではない。
“生きる痛み”という輪郭が、静かに削除された結果なのだ。
エリーは歩き出す生徒たちの背中を見送った。
彼らは幸福の演算結果の一部となり、
自分だけが演算式の余白に取り残されている。
足下に影が落ちる。
陽光は温かいのに、影だけが冷たい。
それがまだ“エリー”という証拠だと信じた。




