証拠なき告発
朝食ホールは、まるで祝祭の翌朝だった。
誰もが軽やかな足取りで、皿を手に取り、パンをかじる。
昨日までの疲労は影も形もなく、見渡す限りの笑顔が朝の光に濡れている。
異常を覚えている者は一人もいない。
そんな中で、ハーミスだけが蒼ざめていた。
彼は銀のトレイを卓上に叩きつけるように置くと、対面の少女へと低声で言葉を突き刺した。
「やりすぎだ。個人の意思を奪ってまで“正常化”するのは治癒じゃない!」
ユーフェミアは紅茶の表面を静かに回す。
スプーンが薄く音を立てた。振幅は小さく、美しい円を描く。
「人は眠っていた。」
「起きたら回復していた。」
「みな喜んでいる。」
彼女は視線を上げることなく淡々と言葉を紡ぐ。
「どこが問題?」
その声音には、反省も誇りもない。
ただ、値が整った事実への肯定だけが宿っていた。
ハーミスは息を呑む。
彼女の論理は、恐ろしく透明だった。
まるで滅菌室で磨かれた鋼のように。
周囲を見渡せば、友人同士が笑い、パンを分け合い、次の授業の話をしている。
彼らの顔には不安の影すらない。
昨夜、廊下で倒れ込んだ教師も、噴水の前で眠った生徒も、まるで何事もなかったように活力を取り戻していた。
記憶は奪われ、症状は消え、結果だけが残された。
ハーミスは震える唇を噛み、声を絞り出す。
「それは――暴力だ。」
ユーフェミアの瞳が初めて彼を射抜いた。
しかしその光には、怒りも侮蔑も宿っていない。
単に、理解不能な例外を観察する科学者の眼差しがあるだけだった。
「暴力?」
「“利得が最大化された”のに?」
ハーミスは返す言葉を持たない。
彼の告発は証拠を欠いている。
眠りの魔法は綺麗に痕跡を消し、満足と回復だけを残した。
暴力とは――
暴力として認識されないとき、最も完璧になる。
その事実だけが、朝食ホールの空気の奥に沈殿していた。




