翌朝 ― 完全なる爽快
東の空を金色に染める朝焼けが、校舎の壁面をなぞる。
その瞬間、学園全体に張り巡らされていた魔法がため息のように解除された。
ベッドの上で初めに瞼を開いたのは誰だったのか。
それすら区別できないほど、覚醒は同時に訪れた。
生徒たちは一斉に体を起こす。
首筋に張り付いていた疲労は、どこにもない。
肩を回せば滑らかに回転し、背骨は一本の新しい軸であるかのように伸びる。
魔力の流れは透明な河川のように巡り、
徹夜の代償であるはずの鈍痛や倦怠は一切存在しない。
鏡を覗き込んだ少女は、
昨日までのクマが消えていることに気づき、微笑む。
「……あれ? 寝たっけ、私?」
答えを思い出す前に、脳は別の結論に到達する。
何もかも問題ない。だから考える必要もない。
食堂に向かう生徒たちは口々に同じ言葉を漏らす。
「最高の朝だな」
「身体が軽い……これなら余裕で満点いける」
「試験? 怖くない。なんか、いける気がする」
教師たちもまた例外ではない。
徹夜で採点していたはずの講師は伸びをし、
満ち足りた声でつぶやく。
「よく寝た。久々に脳が回る」
彼らの声には影がなかった。
焦燥、苛立ち、緊張——
試験期間に付き物のすべてが、はじめから存在しなかったかのようだ。
深夜に倒れた巡回教師は、なぜ廊下で眠っていたのか考えない。
ソファで固まっていた寮母は、なぜ毛布を掛けていなかったのか思い出せない。
学習机の前にうつ伏せて眠っていた生徒は、
自分がそこに倒れ込んだ瞬間を記憶の欠片としてさえ持たない。
眠気と焦燥を抱えていたはずの試験前夜は、
そもそも存在しなかった。
「癒し」は痛みを治すのではない。
痛みがあったという履歴を世界から抹消する。
そしてその朝、
誰一人として違和感を抱かなかった。
ただ一人、震え続けていた男を除いて。
彼の名はハーミス。
だがその不快な目覚めは——
誰からも必要とされない異物に過ぎなかった。




