試験前夜 ― 疲労の限界
期末試験前夜ほど、学園が異様な生命力を発揮する瞬間は他にない。
それは決して健全な熱意ではなく、狂気の発酵だ。
魔導演算の砂粒のような式が延々と紙を埋め、
暗記呪術の詠唱音が夜風に混じってさ迷い、
錬金式の再計算を繰り返す音が床を震わせる。
寮棟の廊下は、青白い学習魔法具の残光に浸され、睡眠という概念そのものが排除された空間のようだった。
食堂は深夜二時を過ぎてもなお満席。
「眠気覚ましポーション」は、すでに瓶影すらない。
焦げかけのパンと、鼻に刺さる薬草臭の飲料だけが残り、
それを抱え込む学生たちの目は、ほとんど臨戦態勢の魔獣である。
この惨状を、ユーフェミアは中央で眺めていた。
まるでただの通行人が、地下鉄の混雑を観測するかのように。
彼女は歩きながら、周囲の眉間の皺を確認し、
肩の下がり具合を測り、呼吸の乱れを静かに数える。
その様子は、医者でも、教師でも、友人でもない。
疲労そのものの統計を取る神の視線だった。
「皆、苦しんでいる。」
声は沈み、感傷の欠片もない。
ただ事実を述べた音。
「睡眠不足は“進学確率”を著しく低下させる。
正常値に戻すべき。」
慈悲ではなく、制度。
慰めではなく、管理。
側でノートを抱えたハーミスは、額にひやりと嫌な汗を感じた。
彼女の眼差しに「保護」はなく、
そこにあるのは測定と補正という、機械の美徳だった。
「まさか……君、個人治療の域を超えるつもりじゃないよな?」
震えの混じった問いに、ユーフェミアはただ首を傾げた。
まるで、そこに疑問要素が存在しないと言わんばかりに。
「私は“学園”を癒す。
欠損しているのは“休息”だから。」
それは、計算式が“2+2=4”と返すときの音に似ていた。
正しい以外の世界を想定しない、答えの側の声だ。
ハーミスは口を閉ざすしかなかった。
“治癒”が“同意”を必要とするなどという、
人間特有の概念を
ユーフェミアはそもそも知らないのだ。




