決定的断絶
ユーフェミアの指先が離れるのは、作業を終えた医師のような確信的仕草だった。
その柔らかな声音は、処方箋の読み上げに近い。
「あなたを苦しませるものは、全部排除するわ。
それが“善”だもの。」
エリーは顔を上げることができなかった。
視界の端で見えるのは、棚に整然と並ぶ薬草の瓶。
否応なく理解する――ここに並んでいるのは“症状の治療法”であり、“人間”ではない。
この少女の善は、物語を根こそぎ奪う力だった。
痛みが役割を形成する。
失敗は理由を与え、嫉妬は自己の境界を明確にする。
それらは、人が人であるために必要な「摩擦」だ。
だがユーフェミアは違う。
彼女は摩擦を患部とみなし、跡形もなく除去する。
まるで、悲劇を「腫瘍」と誤認した外科医のように。
(許して……お願いだから……私の物語を返して……)
声は内側で崩落し、唇の端からは一音も零れない。
泣くことすら、もうできない。
涙腺は正常値に戻され、呼吸は落ち着き、脈拍は理想曲線へ。
温室の灯りは美しい。
ユーフェミアの好みに調整された魔道照明は、植物の代謝を最大化する柔らかな黄金色を放つ。
葉は艶やかに、生は安定し、死は排斥される。
その光は、救済の火であり――世界の物語を焼却する火でもあった。
■決着:感情の死ではなく“感情の切除”
エリーは――泣き止んでいた。
慰められたからではない。
乗り越えたからでもない。
単に、泣く機能が除去されたのだ。
胸の奥のざらつきは、なめらかな鏡面へ矯正されていた。
悲しみは「異常値」だった。
回復魔力はそれを排除した。
ただそれだけだ。
剥ぎ取られたのは痛みではない。
痛みを抱くことのできる自分自身だった。
エリーはようやく悟る。
ユーフェミアは悪意を持っていない。
その事実こそが、最大級の恐怖だった。
悪意は物語を産む。
怨恨は抗う理由を与える。
救いは結末を提示する。
だが――
善性は理由を奪う。
抵抗を不要にする。
生を“効率”に縮約する。
温室の扉が静かに閉じる音が背中に響いた瞬間、読者は確信に至る。
ユーフェミアは悪意のない怪物である。
そしてそれを“幸福”と呼ぶ世界の方が、より恐ろしい。




