破滅的対話(心理戦)
エリーは自分でも気づかぬうちに歩み寄っていた。
足音は温室の湿った土に吸い込まれ、感情だけが裸のまま突き出される。
「私には……“苦しい”って言わせてくれる誰かが必要なのよ!」
声帯が裂けるような叫びだった。
懇願でもなく、主張でもない。
崖から落ちる瞬間に掴む草の根。
それが言葉だった。
だがユーフェミアは、ひとつ息を吐くでもなく、ただ首を傾げた。
摘んでいた薬草の緑を指先で弾き、そこに付着した小さな棘を眺める。
まるで顕微鏡を覗く研究者の態度だった。
「言う必要があるの?」
淡々とした声が、温室の空気を氷の彫刻へと変質させる。
「苦しいなら、治してしまえばいいじゃない。」
その瞬間、エリーの視界が波紋のように崩れた。
ユーフェミアの言葉は慰めではない。
感情の存在理由そのものへ刃を向けている。
ユーフェミアの思考は平坦だった。
“苦しい”は客観的な不具合、修復すべき欠陥。
“言う”は処理を遅延させる行為、非効率な回路。
彼女にとって感情は、疾病管理の一部にすぎない。
痛みは発熱、悲しみは炎症、孤独は重金属の蓄積。
治癒とは最短経路の排除であり、そこに物語は不要だった。
エリーの沈黙は敗北ではなかった。
崩壊の前触れだった。
言葉は届かなかった。
届かなかったという事実さえ、ユーフェミアは認識していない。
ただ理解できなかっただけ。
異常値を測定できなかった機械のように。
胸の奥で何かが裂ける音がした。
涙はまだ落ちない。
その代わり、呼吸が崩壊していく。
吸っても、吸っても足りない。
「……あなたは間違ってる。」
声は空気の底を擦るような囁きになった。
ユーフェミアは眉を寄せるでもなく、ただ次の苗を手に取る。
「“間違い”は、誰かが怪我をしたときに使う言葉よ。」
彼女は穏やかに微笑んだ。
すべての怪我が治る世界では、間違いは発生しない。
それが彼女の理屈だった。




