ユーフェミア:自覚なき加害
夕刻、寮の扉がノックされるたびに、ユーフェミアは柔らかく振り返る。
そこに立つのは疲労の色を宿した誰か。
たった一瞥で、体調の翳りを読み取る。
「無理をする必要はありません。休みなさい。」
声は、干ばつに降る慈雨のようだった。
命じるでも、励ますでもない。
ただ、本当にそれが自然であるかのように告げる。
ベッドは後方に整っている。
掛け布団は温度に応じて魔力が微調整され、枕は首と肩を受け止める角度に調律済み。
湯気の立つカップは、飲み手の呼吸に合わせて香りを弱める。
疲れた生徒は、遠慮がちに横たわる。
五分も経てば、胸の重みは抜けていく。
目覚めた者は、まるで生まれ直したような表情で立ち上がる。
「ありがとう、ユーフェミア様! 助かりました!」
彼らが去っていくとき、彼女は静かに頷く。
礼の言葉に戸惑いはなく、誇らしげでもない。
ただ、正常な循環を確認するような安堵がある。
毛布を畳み直し、シーツを整え、次の来訪者に備える。
その動作はルーチンのように滑らかだ。
慈悲が習慣化すると、それは“サービス”に変わる。
ユーフェミア自身は、それを理解していない。
彼女にとって「癒す」は呼吸と同じ。
他者に必要とされるほど、自分に価値が宿ると信じている。
だから、何度でも扉を開く。
笑顔の交換だけで世界が整うなら、それで良い、と。
——自分が道具扱いされているなどとは露ほども思わない。
むしろ、そう扱われることで初めて“存在の意義”を得たと思っている。
その純粋さは、鋭利な刃よりも危険だった。
本人の手を一切汚さないまま、周囲の倫理観を静かに切り落としていく。
加害者であることに気づかない者ほど、確実に組織を侵食する存在はない。




