根本構造:問題の発生条件の消失
かつて問題とは、偶発ではなかった。
原因があり、結果があり、それらの隙間に人間が介在していた。
体調不良 → 遅刻や欠席
ストレス → 衝突や喧嘩
失敗 → 焦燥と自暴自棄
世界は摩擦の連鎖で動くはずだった。
◆因果の破壊
だが今は違う。
校庭の芝が、歩くたび足裏を抱きしめる。
温室の薬草は切っても切っても再生し、呼吸を整える。
図書館の観葉植物は微震のように揺れ、集中力を増幅させる。
原因は発芽した瞬間に削られ、結果は産声を上げる前に消される。
生徒たちは疲れない。
怒りは沈殿しない。
努力は必要ない。
焦りは自然浄化される。
世界の根に侵入した見えない魔力が、
「問題を生成する条件」そのものを食いつぶしている。
◆教師会議:報告ゼロの異常
職員室の会議テーブルに、静かなざわめきが広がる。
指導担当の教師が、資料の束を持ち上げて言う。
「報告件数、今週もゼロです。
喧嘩、遅刻、保健室送り――いずれも」
誰も拍手しない。
喜びの言葉も出ない。
数字は完璧だが、そこに汗や努力の痕跡が一粒もない。
「好成績……のはずだが」
校長が眼鏡を押し上げ、同じ言葉を反芻する。
**“良いことのはず”**を繰り返す声は、祈りに似ていた。
◆理解の外側
彼らは気づかない。
問題が消えたのではないことに。
問題が形成されるための土壌が、根こそぎ奪われたのだ。
人間関係の摩擦も、体力の限界も、競争の不安も、
すべては芽吹く前に無害化される。
自然治癒ではない。
治療よりさらに深い、“発症前の抹消”。
教師の一人が、資料を閉じたまま呟く。
「……人間って、本当に問題がないと、どう振る舞うんだ?」
返答は生まれない。
議論は成立しない。
因果が断たれた世界では、思考すら滑っていく。




