制度の遅延 ― “問題にならない問題”
週例の教員会議は妙に明るかった。
議題は三つ――不良行動の減少、健康状態の改善、学業成績の向上。
数字だけ見れば祝賀会を開くべき成果だ。
魔導薬学の怪我は激減し、錬成科の爆発事故はゼロ。
生活指導に回された時間は授業へと再投入され、試験平均は上昇。
出席率は前代未聞の99.8%。
病欠を偉ぶる文化も、ストレスを競う声も消えた。
だからこそ議題は直ちに歪む。
「原因は?」
「さあ……気候か、偶然か」
問いは出ても追跡は生まれない。
「被害は?」
「特に報告なし」
“悪いことが起きていない”という事実が、議論を微弱な冗談に変える。
校長は書類を閉じ、静かに結論を下した。
「良いことに予算は割けんよ。
不調なら調査するが、改善に研究費は下りない。
継続観測は任意とする」
議室に、重くない沈黙が落ちた。
異常を語る根拠はなく、危険を訴える言葉もない。
ハーミスが提出した報告書の**“害なし”**が、会議全体の空気に転写されてしまっていた。
制度は被害によってしか動かない。
利益には反応しない。
その瞬間、幸福は“問題ではない問題”として棚上げされた。
校長は最後に付け加える。
口調はあくまで朗らかだ。
「いずれ元に戻るだろう。今は享受すればいい」
誰も異議を唱えない。
幸福は毒より遅く効く――
それを理解しているのは、研究室の一人の観測者だけだった。
会議が散った後、廊下の窓から覗く校庭は緑に濡れていた。
蕾は昼のうちにふくらみ、葉の裏で新たな芽が準備をしている。
生徒たちは知らない。教師も知らない。制度も知らない。
世界は静かに最適化され続けている。
それは祝福か、侵蝕か。
答えを問う声はまだ存在しなかった。
問題にならない問題は、ただ加速していた。




