“観測者は外部に限る”
魔導生態学主任――ハーミス・ロウグレンは、朝一番の研究棟で測定器を覗き込み、首をひねっていた。
数字は揺らがない。
誤作動の兆しもない。
仮説すら拒絶するほどに、端正な異常値だった。
自然魔力濃度:基準値比+36.2%
その値を戦地フィールドで見たことがある。
荒れ地の再生を促すため、軍部が意図的に魔力を注入した後の地形。
草木は繁殖し、虫は肥え、獣が異常に繁る――
“人間が生活してはならない領域”の兆候だ。
だがここは戦地ではない。
城下の名門学園、目の前の校庭だ。
ハーミスは測定器を叩かない。
叩いて現象が収まるなら、それは現象ではなく不具合だからだ。
数字は揺るぎなく、むしろ呼吸をしているように安定していた。
「自然循環の活性化……だな」
彼は淡々と紙に記した。
最も無害な言い換え。
最も多くの人間が安心できる表現。
報告書のチェック欄に、**“害なし”**の丸を付ける。
その行為が、異常を制度に接続する最初の糸となることを知りながら。
ただし退出前、助手にだけ言葉を落とす。
「継続観測を要す。幸福は毒より遅く効く」
ハーミスにとって幸福は、生態系の歪みと同義だった。
誰も傷つかず、誰も怯えず、誰も倒れない——その状態が永続するはずがないことを、彼は知っている。
だが、異常を止める証拠はまだない。
だから彼は計器の光を切り、静かに研究室を後にした。
校庭の植物は、彼の背へ向けてそっと蕾を増やす。
それは祝福にも、侵食の序章にも見えたが、
観測者以外の誰一人として気付くことはなかった。




