ユーフェミアの不在 ― “原因の不可視性”
ユーフェミア・ヴァルメリアは、その朝も普段と変わらぬ歩調で登校してきた。
遅刻でも早出でもない。
一流の令嬢らしい、規則正しい優雅さだけがそこにある。
ただし――彼女の足元だけは違った。
革靴の爪先が芝を軽く押すたび、
草葉が音もなく水脈に触れたようにふくらむ。
踏み込んだ瞬間、そこだけ柔らかさが増し、
まるで靴底が世界に歓迎されているかのようだった。
歩幅に合わせ、傍らの小さな花弁がわずかに開く。
ユーフェミア自身は気づかない。
花弁が“彼女の存在を合図にしている”という事実に。
周囲の生徒たちは見ている。
だが、そこに特別な意味を付与しない。
「さすが貴族令嬢、所作が綺麗ね」
「歩くだけで絵になるわ」
その程度の感想。
芝の異常な復元力も、花弁の不自然な覚醒も、
“自然に優雅な令嬢”というラベルで雑に回収され、
一瞬の驚きは消費されていく。
ユーフェミアは何もしていない。
誰かに魔法を施したことも、癒しの儀式を行ったこともない。
意図を持たず、努力もなく、ただ存在しているだけ。
それなのに――
校庭は整えられ、空気は澄み、生徒の身体は眠ったまま回復を遂げる。
原因は彼女なのに、原因が彼女ではないかのように扱われる。
被害者がいないから、責任は発生しない。
恩恵を受ける者が無数でも、功績は誰にも帰属しない。
ユーフェミア本人すら、
自らが何を世界にもたらしているのか理解していない。
だからこそ彼女は静かに教室へ向かい、
椅子に腰かけ、ノートを開くだけの“普通の生徒”であり続けた。
その無垢な行為が、
誰にも告発されず、誰にも称賛されないまま
学園の生態系を根底から変質させていることなど、
誰一人として考えようとしなかった。




