7話 ジュスティス館、予習のはずが新たな懸念事項が増えた
王都での生活が少しずつ形になってきた頃、アルノーはずっと気になっていたことを思い出した。
アルノーには、イメトレには絶対に欠かせない、必ず行かねばならない、と思っている施設があったのだ。
その施設は、ジュスティス館、と呼ばれている、王都にある観光施設だ。
そう、あの日、父の書斎の本で見つけたそれである。
犯罪の抑止を目的とした処刑道具・一部拷問器具・牢の内部などの展示施設で、皮肉を込めて通称”王の慈悲園”とも呼ばれていた。
アルノーが一歩踏み込んだとき、入口あったのは鉄の椅子だった。
棘が、ついていた。
全面に。びっしりと。容赦なく。
「………」
アルノーは三秒固まった。
これに座らされるの??どんな悪事をはたらいたら、こんな責め苦を強要されるの??
こんなことされたら、もうあることないことなんでも叫ぶ自信がある。
「坊ちゃん」
硬直していると、護衛のジルから心配そうな声をかけられた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫だよ」
大丈夫ではなかったが、引き返す気はなかった。いざという事態に備え、当日取り乱さないために、今日ここに来た。こわいのは想定内だ。
……そう、今この状態すら、その場に立った時のイメトレの材料なのだ。
アルノーは息を吸って、中に入った。
館内は、思ったより広かった。
処刑道具や拷問道具がずらりと並んでいる。
斧。縄。鉄の輪。用途のよくわからない金属の器具がいくつか。ところどころ、黒いシミのようなものがついていた。
これ全部、人に使ったやつだ。
……無理。
解説の札もあったが、全部スルーした。無理。
イメトレで大切なのはほら、イメージだから。次からは本気出すし。
「きゃーこわーい!!」
隣で、知らない女性が甲高い声を上げた。連れの男が笑っている。別の一角では、若い男たちが拷問器具を指差して何か楽しそうに言い合っていた。
……楽しいの?これが??
アルノーには全く理解できなかった。
でも今はそれより、イメトレだ。アルノーは意識を無理やり目の前に引き戻す。
胃の奥が、ひっくり返りそうになった。
……見た。十分見た。次。
牢の展示エリアに入った。
暗くて狭かった。藁が敷いてあるだけで、窓もほとんどない。部屋の隅に、使い古されて黒ずんだ木の桶が置いてあった。
……トイレ、これ??
いや待って。見世物にされて人生からの強制退場となるのに、その前段階がこれなの??体が持たない。
そもそもこの状態だと、掃除する人もつらくない??
あと、トイレに衝立くらい欲しくない?!
新しい懸念事項が増えてしまった。
イメトレすべき内容が増えていく。あらゆる可能性に備え傾向と対策を練っておきたいのに、これではアルノーが分身してイメトレしないと間に合わないかもしれない。
由々しき事態だった。
「……坊ちゃん」
ジルが、少し低い声で言った。アルノーが振り返ると、何か言いたそうなジルの顔があった。
よほどすごい顔をしていたのかもしれない。
「大丈夫だってば。ありがとう」
「……はい」
アルノーはまた展示に目を戻した。予習は、まだ終わっていない。
* * *
へろへろになったアルノーがパンシオンに戻ったのは、夕方だった。
共用のサロンにいた夫人が声をかけてくる。
「今日はジュスティス館に行ったのでしょう」
「はい」
「何か、得るものはありましたか?」
どう言ったものかと、アルノーは少し考えた。
「……残酷なものがたくさん、見世物になっていました」
「そう」
「楽しそうに見に来てる人たちの気持ちが、全然わからなくて」
一息ついてから、続けた。
「牢も、最悪でした。あれじゃ当日まで体が持たない。……すみません。子供じみた意見ですね」
夫人はじっとアルノーを見つめていたが、ふっと息を吐いた。いつもの静かな微笑みとは、少し違う顔だった。
「子供じみてなどいないわ 」
「え」
「私もずっと、そう思っていたの 」
夫人の声が、少しだけ低くなった。
「けれど、この街では……いえ、この国ではなかなか、そう口に出せる場所がなくて」
部屋が静かになった。
「……夫人も、そう思っていらしたんですか 」
「ええ」
アルノーは少し間を置いた。
「では……もう少し、聞いてもらえますか。まだあるので 」
夫人が、今度こそ笑った。さっきまでの仮面のような微笑とは違う、少し力の抜けた笑い方だった。
「ええ、どうぞ。…………あなたの感じたことを、もっと伺いたいわ」




