5話 弟は今日も、領地のために頑張っている(兄・談)
少し短めです。
あの日、王都から帰ってきてから、アルノーが変わった。
いや、変わったというより、急に忙しそうになった。朝早く起きて体を動かして、父の書斎をうろうろして、厨房に顔を出して、領地を馬で回って。何をそんなにやることがあるんだ、と思ったが、聞いても「気になったので」としか言わない。
ただ、結果だけは出てきた。
厨房の食材の管理が変わって、使用人の間で妙に評判になっていた。厩番の家族が熱を出したときも、なんだかんだで一週間で治った。領地を回るたびに土や草を調べて、ガスパールのところに刃物の改善案を持ち込んで、なぜかそれが近隣にじわじわ広まっている。
プリエールの木を街道沿いに植えたのも、アルノーの発案だった。根付くまで時間がかかると思っていたが、今年の春にはずらりと花が咲いた。まだ幹は細いし枝葉も少ないが、来年にはもっと大きくなるだろう。
領地のために考えてくれてるんだな、とフェリックスは思っていた。あいつは次男なのに。
ただ一つ気になるのは、やたら体調を崩すことだった。
領地を回るたびに何かを口に入れていて、そのたびに三日くらい寝込んでいる。父と二人で病弱疑惑を持ち始めた頃、マルタが「坊ちゃんは草を食べては寝込んでいるだけです」と教えてくれた。
……それはそれで心配だ。
服も急に変わった。白くてシンプルで、首元が広い。仕立て屋に一緒についていったら、アルノーが迷いなく注文していた。装飾なし、クラバットなし、首元はできるだけ広く。変わった注文だと思ったが、仕上がりを見たら悪くなかったので、便乗して自分のも同じにした。動きやすそうだったしね。
それから、急に礼儀作法を学びたいと言い出した。
「兄上の所作がきれいなので、教えてもらえませんか」
唐突だったけど、アルノーはいつもこういう感じなので、父上の補佐として領地のことを学びながら、空いた時間に覚えていることを教えた。師であるエレーヌ夫人に叩き込まれた礼儀作法、挨拶の仕方、立ち方、歩き方。アルノーは黙って真似してくる。
「先生はどんな方だったんですか」
とアルノーが聞いてきた。
「俺が子供の頃に、近くの屋敷に住まわれていた方だよ。礼儀作法とか、言葉とか、いろいろ教えてくれて、作法についてはとても厳格だった。あとは、そう……」
言いさして、フェリックスは少し考えた。
「父上の……モレルの家系と髪の色が似ていたからかな。なんだか、最初からずっと知ってた人みたいな感じがしたんだよな。子供だったからかもしれないけど」
アルノーは、俺にもそういう先生が見つかるとといいんだけど、と言っていた。
うちの家計で、雇ってやれるかは微妙なところだと思うけど。
なにしろ、結構な額の借金がある。あのパーティで聞いた話をあとで父上に確認したら、病床にあった母上のために、かなりの借金をせざるを得なかったそうだから。
きっと、あのパーティでアルノーもそれを聞き、領地のために頑張ってくれているんだろうと思う。
もしかしたら、礼儀などの教養を身につけたいというのも、うちの領地で俺を支えてくれる気があるのかもしれないな、なんてことも思う。
先のことはわからないが、元気に領地のために頑張ってくれるアルノーを、俺は応援したい。
……まあ、あいつのことだから、次に会うときにはまた何かやらかしてそうだけど。




