3話 イメトレに必要なのは、現地調査と食べられる草
4話同時投稿です。このページに来ちゃった方は最初からどうぞです、
まずは調査だ。
やることを決めたアルノーの行動は無駄に早かった。
ここでは、どんなお見送り方法があるのか。それを知らずしてイメトレはできない。
父が今度王宮に用意された席は、司法……文書……ナントカ、だと聞こえてきた。 司法とつくからには、 父の書斎に刑罰に関連する資料があるかもしれない。
こっそり入った父の書斎は、思ったより入りやすかった。
鍵もかかっていなかったし、咎める人もいない。棚を見ると、資料が几帳面に並んでいた。父上らしいな、とアルノーは思う。
端から引っ張り出して読み始めたら、求めていた情報が絵つきで書かれている本を見つけてしまった。
読みに来たのだから見つかってよかったし、問題はないのだが、アルノーは大変に小心者だった。
読んで、縮み上がった。
どのページを開いても、スムーズとは程遠い方法しか載ってない。苦しまないための工夫という発想が、そもそもどこにもない。
いやいやいや。こんなの絶対無理。痛いの反対!!
今日はまだ、心の準備ができてなかっただけだから。そう、逃げるわけじゃない。
ついに限界を迎えたアルノーは、震えながら本を閉じると丁寧に棚に戻した。几帳面に。父上が整理してた通りに。
前世の夢?でみたものは、夢だからかぼんやりしていたのだが、実際に本で見ると、そこから想起されるイメージの力がすごい。
こんなことなら想像力が貧困な子供でありたかった、と後悔までした。……しかし問題はそこではない。もっと根本的なところから考え直さないといけない。
そういう道具の展示施設についても書いてあったから、機会があったら行くのもいいかもしれない。
しかし、もう11歳とはいえ、まだ成人もしていない自分が、あの最終兵器ともいえる衝撃的な器具の数々を相手にするには、あまりに分が悪い、とも思った。
身近で小さなイメトレから取り掛かるのがよさそうだ、と判断したアルノーは、あの本と向き合うイメージと、クローゼットの角に足の小指をぶつけるイメージからはじめよう、そう心を決めた。
アルノーの決意は固かった。
固い、はずだった。
クローゼットの角に小指をぶつけるイメトレを、その夜だけで三回やった。三回とも、声が出た。
今日はこれで勘弁してやる……。そう呟き、その日のアルノーは力尽きた。
* * *
翌朝からは、気になることを片付け始めた。
起こるかわからないことより、もっと手前で死ぬ可能性に気がついたからだ。
まず厨房だ。食材の管理がおおらかすぎる。前世知識でいうと食中毒というやつで、これは普通に死ぬ。処刑より身近に死ぬ。
料理長にそういったことを話した。最初は生返事だったが、
「これとこれを離して保管してください、理由はこうです」
具体的に説明したら、何日か後に
「……言われた通りにしたら確かに持ちがよくなりました」
と報告が来た。
次は掃除、それから手洗いの習慣。それから寝室の換気。
いろいろなことに口を出すようになったアルノーに困惑した使用人頭のマルタが声をかけてきた。
「坊ちゃん、何かありましたか」
「あ、気にしちゃったならごめんなさい。マルタの仕事が不十分って意味じゃなくて、俺が気になっちゃっただけなんです。でも、継続してもらえると嬉しいです」
「はあ」
納得していない顔だったが、根拠を説明するたびに少しずつ顔色が変わっていった。
決定的だったのは、厩番の家族が熱を出したときだ。どうも領内で流行っている病と同じ症状だったらしく、高熱が続き、死に至る者も出ているということで、彼らの顔は暗かった。
「新しい布が用意できないなら、体を拭く布とか、衣類は全部煮沸して。あと部屋の空気を入れ替えて、元気な他の家族とできるだけ離したほうがいい」
一週間後、熱は引いた。
別に特効薬を見つけたわけでもないし、具体的な原因を見つけたというわけでもない。
だからアルノーとしては、治ったと聞いても「よかったね」と思っただけだったが、その話が使用人たちの間でじわじわと広まり、彼らの暮らす町などでも広まっていき、収束に多少の影響を与えたらしい。アルノーはまったく知らなかったが。
* * *
そうして数週間が経った頃、フェリックスが声をかけてきた。
「アルノー、ちょっと馬で出るか。たまには気分転換もいいだろ」
兄の意図は顔に出ていた。気を遣っているのだろう。あの広場の件から、ときどきこういう声をかけてくるのだった。
出発してしばらくは、確かに気分転換だった。屋敷の中にいるよりずっと風が気持ちいい。フェリックスが並走しながら農民の名前を教えてくれる。何年か前に直した水路の話をする。兄はこういうことをちゃんと知っている。
のどかだ。
馬の蹄の音。遠くで農民が手を振っている。
馬を少し落として、丘の斜面に目をやった。まばらに生えている野草が目に入る。
あれ、食べられたりするかな。あっちの茂みも。ちょっと試してみたい。
アルノーはあのパーティでの食事を経て、モレル家での食のバリエーションの薄さがぼんやりと気になっていた。今が不満というわけではないが、きっと食べられる草とかが、もっとあると思うのだ。
「兄上、この辺りの土はどんな感じですか」
「ん? さらっとしてるな。麦には向いてる。なんで」
「薬になる草とか、食べられる植物とか、もっと探してみたいですよね」
「あー、そういうの増えたらいいよなあ。うちの飯、ちょっと種類少ないし」
「それもありますね」
「飯と言えば」
フェリックスが馬の荷に手を伸ばした。取り出したのはプリュノが二つ。ちらりと見比べて、大きい方をアルノーに放ってくる。
「持ってきてたんだ。一緒に食おう」
「……ありがとうございます」
用意していたのか。それともいつもこうなのか。ただ、手の中のプリュノが、兄の手のひらの温度をまだ少し持っていた。
* * *
「あれ?」
屋敷に戻ったとき、庭の隅に見慣れない木があった。たぶん、出かける前にはなかったはずだ。
花弁が幾重にも重なってた小さな赤い花と白い花が、たくさん咲いていた。
花の形は同じだったから、赤い花の咲く木と白い花の咲く木があるのだろう。
「兄上、あの木は? 初めて見ました!」
「ああ、あれはプリエールって言う木なんだって。うちの庭にも植えるって聞いてたけど、今日だったんだな」
フェリックスが言った。
「母上が亡くなって元気のなかった父上を領民たちが気遣って、元気を出してほしいってことで持ってきてくれるって話は聞いてたんだ。なんでも、領地の奥地にあった木らしいよ。根付きやすいように株ごとわざわざ運んできてくれるっていうから、庭にも一つって話が出ていたんだ」
「実は、なりますか?」
「たぶんなるよ。もう少ししたら」
* * *
何週間か経つと、フェリックスが言ったように実がなった。
赤い花が咲いていた方の木から採った実は小さくて硬く、食べるには向かなかったが、白い花が咲いていた木になった、白みがかったふっくらとした実を口に入れたとたん、アルノーは思わず目を見開いた。
「……おいしい」
さっぱりしていて、みずみずしい。花の香りがほんのり残って、口の中にすっと消えた。
葉っぱはそこまでおいしくなかったが、体調を崩すことはなかった。合格だ。
実ばかりか、葉っぱまで迷わず口にするアルノーを見て、フェリックスは目を丸くしていた。
「兄上、この木、増やせませんか」
「増やす?」
「もっといっぱい食べたいです。花だっていっぱい咲いていたら、綺麗ですよ!」
フェリックスが少し考えるそぶりを見せた。
「木だからなあ。根付くまで時間もかかるし」
「場所がないなら、街道沿いに植えたらどうでしょう」
「……街道沿いか」
「世話のために人を出すにしても、街道沿いなら移動が楽です。通りがかりに確認もできるし、うまくいけば夏には木陰もできます」
言いながらアルノーは赤プリエールの実についても考える。これは食べるのは無理そうだけど、なにかの役に立つかもしれないし、第一、花は香りもよかった。それだけでも、赤プリエールだって増やす価値はあるだろう。……それにしても葉っぱはまずかったけれど。
とりとめもないことを考えながら白プリエールの実をもう一つもいで、ふと隣を見ると、兄がこちらを横目で見ていた。
「……兄上も食べますか?」
「いや、俺も一つ食べたからいいよ、確かにおいしいけど」
そう言ったフェリックスは何か考えているような表情をしていたが、自分だけ食べるなんて気の利かない弟だ、とあきれていたわけではなかったようで安心したアルノーは、食べたあとの種を眺めながら思った。
こんなおいしいものが、人知れず存在していたなんて。これは、いろいろ食べたら新しいのが見つかるかもしれない!!
このあとアルノーは食べられる草を求め、文字通り道草を食べては腹を壊したりする日々を送ることになるのだが、なにか考えている風なフェリックスにはまだ予想もついていないことであった。
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