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2話 詰んでいるなら、せめて格好よく詰もう

4話同時投稿です。もしここから読まれた方は、プロローグからどうぞです。

(フェリックス視点)


 数日前に王都で大きなショックを受けて倒れてから、弟が夢でうなされているのを、フェリックスは廊下で偶然知った。


 たまたま寝室の前を通ったとき、漏れ聞こえたのだ。


 注意深く見ていたが、翌朝のアルノーはいつも通りだった。食事もちゃんと食べて、使用人に妙なこと言って、何事もなかった顔をしていた。


 だから多分、本人は知らないんだと思う。


 そんな状態のアルノーを父がパーティに連れて行くと言ったとき、フェリックスは何も聞かなかった。アルノーを一人で残すのが心配だったのは、フェリックスもだったからだ。


 ただ当日、フェリックスはなんとなくアルノーの隣についていた。


   * * *


(アルノー視点)


 シャンブル侯爵の家で開かれたパーティーで割り当てられた席は、アルノーが思ったよりいい位置だった。


 テーブルの料理が、とにかく多い。見たことのない食材が、見たことのない形で皿に乗っている。一個食べるたびに頭がフル回転した。


 これ、なんだか南斜面の葉っぱに似てる。でも全然違う味だ。不思議。


「アルノー、そっちも食べてみろ」


 フェリックスが皿を寄越してきた。ゼリーみたいな、ぷるぷるしたやつだ。


「兄上、これ何ですか」


「さあ。名前が長いから覚えてない。うまければなんでもいいよ」


 それもそうだ、とアルノーはそれ以上気にしないことにしてぱくっと食べた。おいしかった。


 気づいたらフェリックスがさりげなくいろいろ回してくれて、苦手そうなやつは黙って遠ざけてくれている。アルノーはフェリックスのそういうところも尊敬しているのだ。


 隣のテーブルから大人たちの声が聞こえてきていた。 最初は、美味しい料理の邪魔をする退屈な雑音に過ぎないと思っていた。


「モレル」という響きが、その雑音を鋭い刃物に変えてアルノーの耳を貫くまでは。


 ——モレル家のオーギュスト、今度の司法文書管理官に押し込んだのは俺だ。


  ……父上の名前だ。アルノーの手が止まった。銀のフォークが、カチリと皿の上で虚しい音を立てる。


 ——あいつは使える。地道に書類を処理するだけで文句も言わん。こちらとしては助かる。


 声が遠ざかる。椅子が引かれる音がして、男たちが立ち上がった気配がした。


 ——いざという時に、役に立ってもらわんとな。あれだけ『世話』してやったんだから。


 笑い声と共に、気配が完全に消えても、アルノーは動けなかった。「押し込んだ」「世話してやった」「役に立ってもらわんと」。 その言葉の断片が、アルノーの頭の中で恐ろしい絵を完成させていく。


 ……父上は、誰かの身代わりにされるんだ。


 いつも書斎で、書類の山と戦っている父。あれは仕事ではなく、いつか来る「処刑」の身代わりになるための、残酷な準備期間だったのだとしたら。 駒として使い潰され、用が済めば家族もろとも――。


「アルノー?」


 フェリックスが新しい皿を差し出したまま、怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。


「顔色悪いぞ。……まさか、さっきの変な魚にあたったか?」


 さっきまであんなに美味しかった料理の味が、今はもう、砂を噛むような感覚に変わっていた。 アルノーがぼんやりと兄を見つめ返している間、フェリックスだけが、遠ざかる足音の続きを聞いていた。


——借金がある限りは、モレル家は逃げられん。


   * * *


 帰りの馬車の中、アルノーは窓の外を見ていた。


 詰んでる。


 父上はあの場にいた誰かの「駒」だ。そして駒は、盤上で真っ先に捨てられるためにある。つまり、父上が捨てられるとき、その足元に縋りついている自分も一緒に奈落へ落ちるのだ。


 窓の外を流れる夜景が、なんだか刑場へ向かう道のように見えた。


「……アルノー、顔色悪いぞ、またか」


「あ、すみません」


「謝らなくていい。無理するな」


 父上が向かいの席からちらっとこっちを見たが、何も言わなかった。その目は一瞬だけ過ぎ去ったパーティ会場の方を向き、また静かに戻ってくる。


 心配してくれているのだろう。いつも書類の山に埋もれて、きっと家族を逃がすために盾になろうとしている、そう思うと、父の苦労が急に愛おしく思えて、アルノーの目にはうっすらと涙すら浮かんだ。


 馬車が揺れる。蹄の音。夜の空気。


 途中で渡った橋の、欄干の向こうに、川が光って見えた。



 その夜、アルノーは自室に戻って寝台に倒れ込み、暗い天井を見つめながら、没落し、捕らえられ、広場に連れ出される自分の姿を何回も想像した。


 恐怖の限界を超えたあたりで、脳がふっと静かになった。


 ――どうせ避けられないなら、格好悪いのだけは避けたいな。


 よし、それだ。それでいこう。


   * * *


 翌朝、清々しい気分でで起き上がり、朝の空気を肺の奥まで吸い込んだアルノーは、一つの結論に至っていた。


 必要なのは、イメトレだ。


 やることが次々と頭に浮かんでくる。


 まず当日のコンディション。これが一番大事だ。万全の状態で臨まないと意味がない。食事。睡眠。それから体幹。


 凛とした態度で臨めば、罵声や野次をためらう人もいるかもしれない。凛とした美しい所作のためにも体幹が要る。


 お願いしたら礼儀作法の教師を手配してもらえるかな。兄上の所作はとてもきれいだから、そっちからも学べそう。


 首周りは……鍛えすぎてはいけない。これ大事。一撃必殺のために、こちらからも歩み寄る必要がある。


 当日どんな顔をして、どんな姿勢で、どこを見て立つか。全部決めておけば、余裕をもってことに臨めるだろう。


 そのためには、ちゃんと調べないといけない。実際に見て、聞いて、体で覚えるくらいじゃないと。


 考えることはいろいろあった。


 アルノーは寝台から降りて、その場で静かに体を動かし始めた。使用人に見られたら説明が面倒なので、朝の誰もいない今のうちに。


 窓の外がまだ薄暗かった。


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