1話 前世の知識と、とても気になること
4話同時投稿です。もしここから読み始めた場合、最初からお読みいただけたら幸いです。
目が覚めたとき、天井が見えた。
自室だ。窓から差し込む光の角度で、数時間経ったとわかった。
頭の中がひどく混んでいる。知識が、記憶が、別の誰かの人生が渦を巻いている。処刑の歴史。方法の変遷。ギロチンの発明経緯。何百年分かの、死に関する知識。
俺、なんでこんなこと知ってるんだ。
「気がついたか」
父の声が聞こえ、そちらに顔を向ける。ずっとここにいたようで、膝に書類が乗っていた。
「……父上」
「悪かったな。あの道を通ったのは私の判断だ」
短い言葉だった。
天井を見たまま、アルノーはゆっくりと口を開く。頭がまだ混濁している。でも言葉は勝手に出てきた。
「……この国の処刑方法は、」
「アルノー!!」
扉が勢いよく開き、部屋に飛び込んできたのは、兄であるフェリックスだった。
「目が覚めたんだな、よかった、本当に、顔色が悪くて——て、何の話してんの!?」
「処刑方法の話だ」
父が静かに書類をめくった。
「なんで!?」
起き上がりながら、頭の中を整理し続ける。フェリックスの声が遠い。
斧は、錆びる。錆びた斧は、切れない。切れない刃は、何度も振り下ろされる。
……あんな目には、遭いたくない。
「アルノー」
気が付くと、兄の顔がすぐ近くにあった。
「顔色がまだ悪いぞ。横になれ。あと処刑のこと考えるのはもうやめろ」
「兄上、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「断頭台というものをご存知ですか」
沈黙が下りた。
フェリックスが父を見た。父が書類をめくった。
* * *
部屋に一人になると、急に静かになった。
窓の外で使用人が何か運んでいる音がする。鶏が鳴いている。いつもの領地の午後だ。
アルノーは寝台に仰向けになって、天井を見た。
頭の中がうるさい。
ギロチンの発明は十八世紀。フランス。人道的処刑を目指して——絞首刑は頸椎が——車裂きは——
「うるさい」
声に出したら少しましになった。誰もいないので問題ない。
前世の記憶、というやつだろうか。先日読んだ娯楽小説に出てきた。まさかとは思ったけど、まさかのそれっぽい。自分では経験したはずのない情景が、なぜかピンポイントで頭に入っている。処刑の歴史。拷問の変遷。しかも感情つきで。
妙に偏った知識なのはきっと、あの体験に引きずられたからだろう。
前世の自分、ビビりながらこういうこと調べてたんだな。調べたらもっとこわくなる奴だ。わかる。
目を閉じた。
広場の人だかり。屋台の匂い。笑い声。そして音。
こわ。
なにあれ、こわ。
深呼吸をした。
処刑されるのは罪人だ。犯罪を犯した人間だ。アルノーは11歳の子爵家次男で、今のところ何も悪いことはしていない。父上も兄上も領地管理をちゃんとやっている。
うん。大丈夫。
目を開けると天井が見えた。風が入ってきて、カーテンが揺れた。外ではまだ鶏が鳴いていた。




