18話 なんか、いい感じになってきた
窓の外に、プリエールが咲いていた。
白い花弁が、風に揺れている。街道沿いに植えた苗が、すっかり根付いた。最近は領地の外からもわざわざ見に来る人間が増えたと、フェリックスが嬉しそうに報告してくれた。
なんでも、うちの領地には借金があったらしいのだが、いつかは返せるめどが立ってきたらしい。
さすが兄上、と思った。
花といえば、ヤンに手配をお願いした食用の花も順調らしい。観賞用にも評価されて、油まで採れる品種も見つかって、なんかいい感じになっているらしい。
アルノーは窓枠に肘をついた。
あの広場でいよいよ処されるのかと腹をくくったあの日から、しばらく経った。
シャンブル侯には「今まで通り自由だ。名誉職だから、好きに使うといい」と言われた。言い方が怖かったので、次また何かあるかもしれないという怯えは今もある。
でも、好きにしていいと言っていたからね。
だからモレノ家の家令になることにした。やりたいことがここにあるので特に問題はない。爵位があるのに、と驚く人間が何人もいたけれど。
バルテルミたちからは定期的に報告が来る。俺が貧民街の様子を気にしているだろう、という意味合いが強いらしく、あの路地がどのくらい変わったか、救済できる範囲がどのくらい広がったかを、わざわざ伝えてくれる。ついでに何でも屋の運営状況も。義理堅い人たちだな、と思う。報告のたびに、少しだけあの路地の空気を思い出す。
スパっと君も、……まあ、活躍しているらしい。
公開のお祭り騒ぎも随分規模が小さくなったし、品のない野次には眉を顰める人が増えた気がすると、バルテルミが言っていた。
よかった、と思う。でも正直なところ、活躍なんかしないほうがいい道具だ。できればもう関わりたくない。
父は相変わらず書類仕事をしている。あの日、シャンブル侯に「君のおかげでこの辺の改革に手が出せた」と礼を言われていた。父はいつも通り仕事をするだけです、と答えていた。
なんでも、スパッと君の刃の刷新についてを人道的観点から上奏したことをきっかけに、牢の環境改善などにつなげやすくなったのだそうだ。
司法文書管理官という役職名から、主に書類を束ねて保管する係なのかと思い込んでいたが、父上はすごかった。さすが父上。
そういえば、父と兄にはあのあと、何をしたのか詰め寄られた。
当然のことながら、心当たりがない、人違いだと思うと繰り返していたら、なぜか周りの人たちに謙虚だとか慎み深いとか感動された。
こんなに持ち上げられたあとに本当の聖人が現れたら困るので、うまい感じに誤魔化して、いい感じに爵位とかを譲るイメトレをしておこうと思っている。
エレーヌ夫人には教育を継続してもらっている。父も成人まで支援してくれるらしい。2~3年ではスパルタコースの最小限とのことで、まだまだ続くそうだ。勉強は嫌いじゃないから、いろいろ学びたいとアルノーとしても歓迎している。
そういえば最近、夫人の表情が少し明るくなった気がする。
もともと品のある、静かな笑い方をする人だ。それは変わらない。ただ、何か長いこと抱えていたものが、少しだけ軽くなったような。そんな気がする。気のせいかもしれないけれど。
兄上は、縁談がいくつか来ているらしい。あの日夫人と再会して、気に入られたのが効いたようだった。気立てのいいお嬢さんと幸せになってほしい。
窓の外で、プリエールが揺れていた。
なんか、いい感じになってきた。
そう思った。ただその空気が、胸の奥にそっと落ちた。
次回、アルノーの知らないところで起こってたことがわかるエピローグとなります。




