16話 ついていきます
最初は父オーギュスト視点、後半はアルノー視点です
(オーギュスト視点)
書斎の燭台が、随分低くなっていた。
資料を広げたまま、どのくらい経っただろう。オーギュストにはそれすらわからなかった。文字を追っているようで、頭には何も入ってこない。
あの子は本当に、何もしていないだろう。少なくとも、罪を犯すような子ではない。 恨みを買うようなことも、目をつけられるようなこともないはずだ。
でも、広場に、あれが設置されていた。
領地に向かう馬車に乗ろうとしたときに、それが設置されている現場をたしかに見てしまった。
シャンブル侯爵との接点で思い浮かぶのは、妻の治療費などで彼の家に借入金があること。しかし期限まではまだまだ余裕がある。あとは——
オーギュストが何度目かわからないため息をつき、静かに資料を閉じたとき、扉が勢いよく開いた。
「父上」
フェリックスだった。走ってきたらしく、息が少し上がっている。目が笑っていなかった。
「ついていきます」
前置きもなしにフェリックスが宣言してきた。
「明日、ついていきますから」
唐突だったが、何を指しているのかは言わなくてもわかる。明日のアルノーの王都行きだ。
領主代行として、ここで待つという話で落ち着いていたはずだった。
「……お前は」
「ついていきます」
遮るように繰り返した。有無を言わさない声だった。
アルノーと何か話したのかもしれない。
ただ、待つ不安も痛いほどわかるつもりだったから、オーギュストは息子を見て、小さく頷いた。
それを確認すると、
「絶対ですからね!」
それだけ言って、フェリックスは踵を返した。足音が廊下を遠ざかっていく。
少しして、廊下の奥からジルとジャンを呼ぶ声が聞こえる。
書斎が静かになった。
護衛はわかるが、料理人を呼ぶのはどうしてかと少し思ったが、自分から見ると、あの子たちの思考は少し飛躍していることがある。今回も、きっとなにか考えているのだろう。
そう考えながらオーギュストは資料を閉じ、
それから、長く息を吐いた。
* * *
(アルノー視点)
馬車の中は、静かだった。
窓の外に、見慣れた領地の景色が流れていく。石畳に変わればもうすぐ王都だ。
アルノーは膝の上で手を組んだ。
一晩寝たので、アルノーは自分で思っていたよりも落ち着いてた。
よし。
大丈夫、父上のおかげで、何を使用されるかの予想がついたぶん、イメトレはバッチリだ。今回は牢獄体験ツアーと事前の拷問のオプションはないと思われるし、幸先がいい。
「食え」
フェリックスが、何かを差し出してきた。焼き菓子だった。どこから出てきたのだろう。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取って口に入れた。甘いけど、おいしい。これはジャンが作るお菓子の味だ。
「これも食え」
別の焼き菓子が出てきた。これもアルノーが好きだと言っていたものだ。
甘いお菓子なんて贅沢品だから、モレル家でそれを見かけることは稀だったのに。
「兄上、さっき食べました」
「食え」
「……はい」
そんな難しそうな顔をして渡されても困るのだが、と思いながら、アルノーはありがたくお菓子を次々に食べる。
父は何も言わず、窓の外を見ていた。ただ、一度だけこちらに視線を向けて、また外に戻した。
「これも」
またお菓子が突き付けられた。
「兄上」
「食え」
どうあっても食べさせたいらしいと察し、アルノーは今度は黙って受け取った。
最後のイメトレに向けて集中する時間がとれなかったのが、いいことなのか悪いことなのか、アルノーにはわからなかったけれど。
とりあえず、そろそろおなかいっぱいだな……と思った。




