15話 白いシャツと、手の中のプリュノ
昼過ぎに、フェリックスがアルノーの部屋を訪れた。
父から話を聞いたのだろう。顔に出さないようにしているが、目が笑っていない。
「急な話だな」
「そうですね」
「……大丈夫か」
「大丈夫ですよ。後ろ暗いことはなにもしてません」
アルノーが微笑むと、フェリックスが少し間を置いて、いつもの顔に戻った。
「まあ、お前なら、そうだよな」
アルノーの手に、何かが押しつけられた。
目を落とすと、それはプリュノだった。
「……何ですか、いきなり」
「好きだったろ。道中用も別に要したから、食え」
受け取ったプリュノは、兄の手のひらの温度を、まだ少し持っていた。
「……ありがとうございます」
「早く寝ろよ、明日は早いんだから」
フェリックスが肩を叩いて、出て行った。
* * *
フェリックスが出て行った扉をしばらく眺めていたアルノーは、ふと手の中のプリュノを見た。
それから、明日着て行こうと用意していた、おろしたての白いシャツに目をやった。
昔に仕立て屋に頼み、そのままその意匠で注文していた、いつこの日を迎えても万全の態勢で迎え撃つための装備。
布一枚の摩擦で失敗したりすることがないよう、首元が広い。染め代がもったいないから、白いままの布を使ってもらった。サイズ調整が少なくて済むよう、ゆとりのあるシルエットになっている。
侯爵閣下とまみえるなら、アルノーにとって普段着でしかない服もどうかとは思ったが、処す相手の身なりなどいちいち気にしないだろう。
よし。
服よし。所作よし。執行人よし。牢も……見たわけではないが改善されたらしいから、よし。
あとは——
胸の奥が、じわりと熱くなった。
失いたくない。
そう思った瞬間、堰が切れた。
アルノーはその場にへたり込んだ。
こわい。
父の部屋の肖像画が、頭に浮かんだ。家族四人。母が笑っていた。
死にたくない。
本当は、ずっとそうだった。こわくて、しょうがなかった。
喉の奥が詰まった。涙が、止まらなかった。
家令にでもなって、父や兄のお手伝いをして、ここで暮らしていけたら、なんて少しだけ思っていた。
つい最近、そんなことを思い始めてしまっていた。
なんで——
* * *
廊下に足音がして、扉の向こうで誰かが息を呑む気配がしたが、アルノーは気付かなかった。
そのあと、その気配が走り去るのにも、気が付かないままだった。




