13話 今の僕が持ち寄れるのは、これくらいなのですが
その日の夕食に、豆の煮込みが出た。
ここ数日、好物が出ることが多いと思う。
……おいしい。
アルノーとしては、好物が食卓に並ぶことに何の異議もないが、こうも続くと、嫌いなものばかりになったときが怖いなと思う。アルノーは自分用にと供されたものは残さない主義なのだ。
翌朝、夫人が共用のサロンで声をかけてきた。
「しばらく、授業はお休みになるわ」
「わかりました。ではその間は領地に戻りますね」
「そうなさいな」
夫人がなんとなく嬉しそうに微笑んだ。社交界か、知人の慶事か。どちらにせよ夫人のプライベートだ。
良いことがあったなら、アルノーも嬉しい。
* * *
何でも屋に顔を出したのは、昼過ぎだ。
「領地に戻ることになったので、挨拶に来ました」
ヤンがいつもの場所で帳簿から顔を上げた。
簡易的な診療所スペースを始めてみることになったらしく、配置の確認をしていたふうのバルテルミもは、体ごと振り返り、
「そうか」
とだけ言った。
「また来ます」
「ああ」
いつも通りの、短いやりとり。
なのに、なんとなく様子がおかしかった。
ヤンの視線がどこか上の空だ。バルテルミの態度が、いつもより少し丁寧だった気がする。路地の子供たちが、ちらちらとこちらを見ている。
……なんだろう。
「何かあったんですか」
「別に」
バルテルミが目線を合わせずに言った。
もう一度見回したが、全員、普通の顔をしている、と思う。
それでも、なんだかひっかかった。
路地を出てから、アルノーはジルに言った。
「今日、なんか変じゃなかった?」
「……変でしたね」
ジルも首を傾げた。
「なんというか、親が子を見守るような」
「親が子を」
「気のせいかもしれませんが」
……親が子を見守るような。
しばらく考えたが、まったくわからなかった。
* * *
領地は、来るたびに少し変わっていた。
街道沿いにはプリエールの白い花が咲いている。何年か前に植えた苗がすっかり根付いたらしかった。
「最初はどうなるかと思ったけど、うまくいったな」
アルノーと二人、並んで歩きながら、フェリックスが言った。
「きれいですね」
アルノーも完全に同意する。
「日射しを遮ってくれるから、夏なんかにも評判がいいんだ」
街道沿いに植えてみたのも好評だったようでなによりだった。
農民が遠くで手を振っている。フェリックスが手を振り返した。アルノーも倣った。
赤いプリエールも各家の庭で咲いているのが見える。
最近では規模を拡げ、商品としてのプリエールを育てる領民も増えてきたとのことだ。需要があることもわかったから、頑張ってほしい。
「最近、薬草も引き合いが増えてて助かってる。あとはガスパールの……というより鍛冶組合全体、なんか最近いろいろ注文が増えたって言ってたよ」
「みんな頑張ってますね。なんだか嬉しいな」
ほのぼのしていたら、不意にフェリックスがこちらを見た。
「お前も頑張ったな」
なんのことだかわからず、アルノーは目を丸くした。今まで聞いた報告にあがったなにかのように、自分はとくに形になる成果は上げていないからだ。
でも。確かに、頑張ったな。
一つずつ、できることをやってきた。イメトレと、イメトレ。それにイメトレ。
最初はクローゼットの端に小指をぶつけるところからだったが、現物を見る機会があったおかげで、だいぶ迫真のイメトレができる環境が整ったと思う。
最近は、ガラスを爪でキィーッとやる音を聞かされるイメトレも加えた。どんな不測のしんどい状況にも随時適応できる自分でありたい。
あとは当日、万全の態勢で臨むだけだ。
……本当に、頑張った。
アルノーの口元が、自然と弧を描いた。
「……兄上も」
アルノーの笑顔を見て、フェリックスもにっこりした。
それぞれが、それぞれのことを思いながら、麦畑の中を歩いた。
沿道の花が風に揺れている。空が広い。
……こういうの、いいな。
ふと、そう思った。ただ、その空気が、胸の奥にそっと落ちた。




