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14/21

13話 今の僕が持ち寄れるのは、これくらいなのですが

 その日の夕食に、豆の煮込みが出た。


 ここ数日、好物が出ることが多いと思う。


 ……おいしい。


 アルノーとしては、好物が食卓に並ぶことに何の異議もないが、こうも続くと、嫌いなものばかりになったときが怖いなと思う。アルノーは自分用にと供されたものは残さない主義なのだ。


 翌朝、夫人が共用のサロンで声をかけてきた。


「しばらく、授業はお休みになるわ」


「わかりました。ではその間は領地に戻りますね」


「そうなさいな」


 夫人がなんとなく嬉しそうに微笑んだ。社交界か、知人の慶事か。どちらにせよ夫人のプライベートだ。


 良いことがあったなら、アルノーも嬉しい。


   * * *


 何でも屋に顔を出したのは、昼過ぎだ。


「領地に戻ることになったので、挨拶に来ました」


 ヤンがいつもの場所で帳簿から顔を上げた。


 簡易的な診療所スペースを始めてみることになったらしく、配置の確認をしていたふうのバルテルミもは、体ごと振り返り、


「そうか」


 とだけ言った。


「また来ます」


「ああ」


 いつも通りの、短いやりとり。


 なのに、なんとなく様子がおかしかった。


 ヤンの視線がどこか上の空だ。バルテルミの態度が、いつもより少し丁寧だった気がする。路地の子供たちが、ちらちらとこちらを見ている。


 ……なんだろう。


「何かあったんですか」


「別に」


 バルテルミが目線を合わせずに言った。


 もう一度見回したが、全員、普通の顔をしている、と思う。


 それでも、なんだかひっかかった。


 路地を出てから、アルノーはジルに言った。


「今日、なんか変じゃなかった?」


「……変でしたね」


 ジルも首を傾げた。


「なんというか、親が子を見守るような」


「親が子を」


「気のせいかもしれませんが」


 ……親が子を見守るような。


 しばらく考えたが、まったくわからなかった。


   * * *


 領地は、来るたびに少し変わっていた。


 街道沿いにはプリエールの白い花が咲いている。何年か前に植えた苗がすっかり根付いたらしかった。


「最初はどうなるかと思ったけど、うまくいったな」


 アルノーと二人、並んで歩きながら、フェリックスが言った。


「きれいですね」


 アルノーも完全に同意する。


「日射しを遮ってくれるから、夏なんかにも評判がいいんだ」


 街道沿いに植えてみたのも好評だったようでなによりだった。


 農民が遠くで手を振っている。フェリックスが手を振り返した。アルノーも倣った。


 赤いプリエールも各家の庭で咲いているのが見える。


 最近では規模を拡げ、商品としてのプリエールを育てる領民も増えてきたとのことだ。需要があることもわかったから、頑張ってほしい。


「最近、薬草も引き合いが増えてて助かってる。あとはガスパールの……というより鍛冶組合全体、なんか最近いろいろ注文が増えたって言ってたよ」


「みんな頑張ってますね。なんだか嬉しいな」


 ほのぼのしていたら、不意にフェリックスがこちらを見た。


「お前も頑張ったな」


 なんのことだかわからず、アルノーは目を丸くした。今まで聞いた報告にあがったなにかのように、自分はとくに形になる成果は上げていないからだ。


 でも。確かに、頑張ったな。


 一つずつ、できることをやってきた。イメトレと、イメトレ。それにイメトレ。


 最初はクローゼットの端に小指をぶつけるところからだったが、現物を見る機会があったおかげで、だいぶ迫真のイメトレができる環境が整ったと思う。


 最近は、ガラスを爪でキィーッとやる音を聞かされるイメトレも加えた。どんな不測のしんどい状況にも随時適応できる自分でありたい。


 あとは当日、万全の態勢で臨むだけだ。


 ……本当に、頑張った。


 アルノーの口元が、自然と弧を描いた。


「……兄上も」


 アルノーの笑顔を見て、フェリックスもにっこりした。


 それぞれが、それぞれのことを思いながら、麦畑の中を歩いた。


 沿道の花が風に揺れている。空が広い。


 ……こういうの、いいな。


 ふと、そう思った。ただ、その空気が、胸の奥にそっと落ちた。

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