9話 三日後、プリュノと取引書簡を持って
三日後、アルノーは再びバルテルミの家の扉を叩いた。
ジルと、領地から連れてきた荷担ぎの者が一人、木箱を抱えてついて来ている。その後ろに、呆れにも似た表情のヤンがいた。
「おはようございます」
「……本当に来たのか」
バルテルミが扉を開けながら言った。
「こちらの木箱は、先日、お話を聞かせていただいたお礼です。それと、取引の話もしたくて。ヤンさんにも声をかけて来ていただきました」
バルテルミの視線が、後ろの木箱の上でしばらく止まった。
プリュノだった。かなりの量だ。
バルテルミは口を開きかけたが何も言わず、そのままアルノーを通すことにした。
荷担ぎの者は顔をこわばらせ、言われた場所に木箱を置くと逃げるように馬車に乗って引き返して行った。
テーブルの上に、布に包んだ葉を並べる。赤い花が咲く方のプリエールの葉だ。採取してきた分の中から、状態のいいものを選んでまとめてある。
「お試し品です。品質の確認をお願いしたくて」
バルテルミが受け取って、黙って確かめた。葉を光にかざして、それからもう一枚、別の葉を取り上げてまた嗅いでいるのを、アルノーは黙って待った。
「……質はいい」
「よかった」
ヤンが言い、アルノーに向き直った。深々と頭を下げる。
「量と条件のお話を、ぜひ聞かせていただけますか」
「取引できる量の上限と、値段の目安はここに」
懐から取り出した書簡を差し出すと、ヤンの顔色が、紙に触れた瞬間にサッと変わった。
モレル家の紋章が潔く捺された一通の書簡。中身は兄フェリックスが「これくらい……か?」と悩みながら決めた条件の箇条書きに過ぎないのだが、貴族であることをかさに着て、ふっかけたように見えてしまっただろうか、とアルノーは不安になった。
「……この量で、この値段でございますか」
ヤンは何事もなかったかのように続けた。
この取引にそんな頭脳戦は必要ない、と気が付いてくれたのだろう、とアルノーは鋭く推察する。
「問題がありますか」
「とんでもございません。むしろこちらが申し訳なくなるほどの好条件です」
よかった、取引が成立しそうだ。まさかたまたま植えた木がさっそくお金になるなんて思わなくて、兄上もだいぶ慌てていたのだ。お互い納得のいく条件に着地したなら、仲介したアルノーも安心である。
「それと、兄が植物のサンプルをいくつか押しつけてきたので、これも見てもらえたら。もし使えるものがあれば、同じようにお取引できます」
もう一つ、布包みを出した。フェリックスが「これも持っていけ」「これも」「これも」と鞄に詰め込んでくれたやつだ。あのとき兄は「何が売れるかわからないだろ」と言っていた。兄は本当に領地思いなのだ。
ヤンが包みを開け、一つずつ確かめながら、バルテルミに渡していく。バルテルミが黙って嗅いで、黙って返す。それを繰り返した。
「こちらは……どうだ、バルテルミ」
「悪くない」
ヤンとバルテルミのやりとりを聞きながら、アルノーはワインを口にした。
今日もおいしかった。
* * *
「……で、こんなに大量のプリュノをどうすればいいんだ」
商談が無事成立したので、用は済んだとアルノーが玄関から出ようとしたとき、バルテルミが困惑した顔で入口に積まれていた木箱を見下ろした。中には、持参したプリュノの実が、みっちり詰まっているのだ。
「豊作で余ってたので、つい多めに持ってきてしまいましたが、考えてみたら、一人じゃ食べきれないですよね」
アルノーはなんとはなしに周囲へ目をやった。建物の陰から、こちらをうかがう子供たちの影が見える。警戒心と、甘い香りへの好奇心が見て取れた。
ちょうどいい。
「ヤンさん、手間をかけさせますが、いくつか持ってついてきてください」
この場で護衛のジルの手をふさぐわけにはいかないので、ヤンに声をかける。
そうしてアルノー達三人は、警戒する子供たちに逃げられない距離を心掛けながら、ゆっくりと近づき、プリュノを差し出してこう言った。
「やあ、君たち。これ余ってるんだけど——このあたりの掃除、してみない? やってくれたら、これをあげるよ」
子供たちは顔を見合わせ、それからバルテルミを、恐る恐る見たようだった。
「大丈夫、バルテルミさんはいい人だよ」
たしかに、子供からしたらあの大柄な男は怖く見えるのかもしれない。
窓のカーテンも閉まったままだし、地下にはなんかあるっぽいし。
……まあたしかにかなりとっつきにくいけど、たぶん職務に忠実なだけだよ。
バルテルミの威圧感を少しでも中和できれば……と、アルノーは微笑んでみせた。
逡巡の末、一人が箒代わりの枝を手に取ると、あとは雪崩のようだった。子供たちは競うようにバルテルミの家の周囲を掃き清め始め、実を一個ずつ受け取っては頬張っていく。バルテルミは棒立ちのまま、ただ無言で実を渡し続けた。
アルノーはその様子を眺めながら、ヤンの方へ向き直った。
「ヤンさん、これで少し考えが固まったんですけど。あの子たちに定期的に手伝ってもらって、このあたりに店舗をつくっておいていただけませんか?お金はいくらか僕が出します。この取引を進めるうえで必要な、僕の都合でもあるので。プリュノはまた持ってきますから、よろしくおねがいしますね」
そう言って、アルノーはポケットマネーの一部が入った革袋を手渡すと、その勢いで強引に握手をし、平民街の方へとさっさと歩きだした。
歩きながら、ここ数日のことを整理した。執行人と知り合えて、取引もまとまった。さすがに店舗もない相手との取引だと父や兄に渋い顔をされるかもしれなかったが、店舗の目処もついた。
アルノーとしては、実りの多い一日だった。
なによりも、執行人と知り合えてよかった。
あの職人気質は信頼できる。いざとなったら指名したい。




