第34話 勝機
イームクレンが鎧の怪物に惨殺される瞬間を、ラーズは少し離れたところで目撃した。
信じ難い光景に、しばし呆然と立ち尽くす。
共に戦場を駆け抜けた思い出が鮮やかによみがえり、次いで途方もない喪失感が去来する。やがてそれは怒りへと変じ、そして爆発した。
ラーズは獣のように咆哮をあげて、エルフの見た目をした怪物に突進する。
怪物は悠然と剣を構え、それを迎え撃った。
二振りの剣が火花を散らして激突する。両者ともすぐさま飛び退って距離をとり、まるで磁石が互いを吸い寄せ合うように再び激しくぶつかり合う。
そこから両者は円を描くように移動しながら激しく斬り結んだ。
剣の腕前だけなら、ほとんど互角だっただろう。
だが、力も速さも怪物の方が圧倒していた。
腕を浅く斬られ、鮮血が飛び散る。普段ならば気にも留めないところだが、傷口から瘴気が侵入したのか、ラーズは眩暈を覚えた。そこへ怪物の剛剣が唸る。辛うじて防ぐも、勢いを殺せず地面に打ち倒された。
(落ち着け、怒り任せで勝てる相手ではない)
素早く起き上がりながら、ラーズは己に言い聞かせる。
力の差を思い知らされたことで、逆に冷静さを取り戻すことができていた。
これまでに鎧の怪物とは二度戦った。
おかげでいくつかわかったことがある。
それは奴らが宿主の持っていた剣の技能を扱うことはできても、その行動の意味までは理解していない、ということだ。
所詮は人間のフリをしているだけで、怪物としての本能には逆らえない。特に弱点である頭部への攻撃には過剰なまでに反応しながら、それ以外の部位へのダメージにはまったく頓着しない。この人と怪物との認識のずれこそが、つけ入るべき隙だった。
とはいえ、目の前の怪物が強敵であることに変わりはない。
ラーズは慎重に間合いを測る。
ふと、怪物の持つ剣を見て違和感を覚えた。注意深く観察すると、刃に小さな亀裂が入っていた。どのタイミングでできた傷かはわからない。だが、ラーズはそれが亡き友が残してくれた置き土産だと確信した。
(イームクレン……)
これは彼が命と引き換えに作ってくれた勝機だった。
勇気を得たラーズは、一気に勝負に出た。
気合いの声をあげて怪物の頭部めがけて剣を振るう。大声をあげた割に、ほとんど力は込めていない。素人でもそれとわかるレベルのフェイントである。
だが、怪物は見事に引っ掛かった。本能が頭部を守ろうと反応してしまうのだ。
その瞬間を狙い、ラーズは神速で剣を翻し、相手の脚を斬った。
筋を断つ、たしかな手応えがあった。
途端に怪物の足の運びがおかしくなる。おそらくすぐに治ってしまうだろうが、そのわずかな時間で十分だった。
ラーズは一気呵成に攻め立て、相手の体勢を突き崩すと、上段から全霊の一撃を叩き込んだ。
怪物の剣が半ばから砕け散る。
ラーズの剣はそのままの勢いで頭部を打ち砕く――かと思いきや、怪物は驚くべき反応速度で首を捻って頭部への直撃を避けた。
刃は肩口に吸い込まれ、乳房あたりにまで達した。
人間ならば間違いなく致命傷だろう。だが、この程度では怪物は死なない。すぐに半分に裂けた胴体が元に戻ろうと蠢き始める。
このとき、ラーズの目の前には怪物の無防備な首筋が晒されていた。
肉体の修復時は、さすがの怪物も動きを止める。
今なら殺れる――百人いれば百人がそう考えるであろう好機を前にしても、ラーズは冷静さを失わなかった。
すぐさま剣を引いて大きく跳び退る。
直後に、怪物の全身から瘴気が吹き出された。
追い詰められた怪物は必ず瘴気を使ってくる。これまで散々痛い目をみてきたおかげで、完全に予測できていた。
ラーズは瘴気が完全に収まるのを待ってから、渾身の力で剣を真横に振るった。
怪物の首が宙を舞い、地面に落ちる。残った胴体は、どちらに倒れるか迷うようにふらふらと揺らめいてから、やがて仰向けに倒れた。
「はぁ……はぁ……ッ」
ラーズは荒い息を吐きながら剣を地面に突き刺し、柄にもたれかかった。
勝利の喜びは微塵もなかった。
イームクレンを失った悲しみがあまりにも大きく、何も考えられない。
ラーズはよろよろと歩いて、戦友の傍に膝をつく。
彼の目は静かに空を見つめていた。
「お前のおかげだ……ゆっくり休め、イームクレン」
ラーズは手を伸ばし、そっと目を閉じさせた。
それから周囲を見渡す。
気が付けば、戦いの音が止んでいた。
「――ラーズ!」
その声に振り返ると、煙の向こうからウォーレンとオッシが現れた。
ふたりとも満身創痍だった。全身に怪物の返り血を浴びており、ウォーレンに至っては片足を引きずっている。
それでも、ラーズはふたりが生きていてくれたことがなによりも嬉しかった。
「ふたりとも無事だったか……」
「どこをどう見たらこれが無事に見えるって――」
ウォーレンの視線が横たわるイームクレンのところで止まった。
「おい……冗談だろ?」
半歩遅れて気付いたオッシも「そんな……」と膝をつく。そのまま四つん這いになってイームクレンに近づき、その亡骸に手を伸ばした。
「まさか、イームが死ぬなんて……」
オッシにとってイームクレンは絶対的な強者だった。だから、自分が生き残って彼が死んだ事実に心が追い付いていないのだろう。
ラーズはイームクレンが残してくれた功績を彼らに語って聞かせた。本人は喜ばないだろうが、それが残された者の慰めになると思ってのことだった。
ウォーレンは立ったまま、目を閉じて戦友の冥福を祈る。
オッシは下を向いて静かに涙を流し続けた。
そうして彼らは、悲しみの波が引くのを待つ。
……だが、状況が彼らにその時間を与えなかった。
「みなさん、あれを見てください」
足元をふらつかせながらやってきたトーキルが、東の方を指さして言った。
全員が顔を上げ、指し示された方角を見る。
「おいおい、なんだよあれは……」
ウォーレンが引きつった顔で呟いた。
東の地平から、あらたな怪物の集団が砂塵を上げて近づいてきていた。
トーキルは魔術を発動させ、迫りくる敵集団を観察した。
集団の中心に、とてつもなく巨大な怪物がいた。
それはこれまでに見てきたどの怪物とも違っていた。
おそらくハルディ砦の物見の塔よりも大きいだろう。シルエットは樹木のようだが、実物はまるで違う。幹に相当する部位はサソリの尾のように複数の体節に別れ、それぞれが硬そうな外殻を身に纏っている。そして、てっぺんの頭部と思われる部位からは、無数の触手が木の枝のように伸び、うねうねと蠢いていた。
新種の怪物はそれだけではなかった。
巨大怪物を周りには、それを守護するかのように別の怪物が数十体いた。
蜘蛛のような見た目をしていて、大きさは人間の倍近くある。胴体部分はどろどろとした濃緑色の苔のようなものに覆われており、左右には昆虫のような節くれだった長い足が四本ずつ生えている。
なにより不気味なのは、胴体の先端から突き出た丸い部位だ。目と口を思わせる丸い穴が三つ空いていて、まるで人の顔を模しているようだった。
まさに、この世のものとは思えぬ異形の怪物であった。




