第25話 希望の光
「騎士たちよ!」
ラーズの声が響く。
「これから結界を解く。円陣を組んでフィリスと子供たちを守れ!」
騎士たちは一瞬だけ驚く素振りを見せたが、疑問の声をあげることなく速やかに命令を実行に移した。
「解きます!」
フィリスが叫ぶと同時に光の障壁が消えた。
当然、待ってましたと言わんばかりに悪霊どもが殺到してくる。
「全員伏せてろ!」
ウォーレンの指示で子供たちが慌ててうずくまった。
「安心しろ、誰ひとりやらせはしねぇ!」
その宣言通り、ウォーレンは次々と襲いくる悪霊を叩き斬っていく。
オッシとイームクレンも同様に応戦する。
祈りを捧げるフィリスの傍では、アイラが鬼の形相で剣を振るい続けていた。その戦いぶりは聖騎士というより狂戦士のそれだった。
それでも恐れを知らぬ悪霊どもは、嵐のように一行の周囲を飛び回る。そのうちの一体が天井付近から急降下して、コルウィンを抱いているベルに襲い掛かった。
「母さんっ!」
咄嗟にダンが母親に覆いかぶさる。
その背中に悪霊が飛び込んだ。
「ぐぅ、ぁがあぁ!」
ダンは苦しそうに喘ぎ、地面をのたうちまわる。
「ダン!」
「よせっ、近寄るな!」
アイラの鋭い声が、息子に手を伸ばそうとしたベルを押しとどめた。
のそりと立ち上がったダンが「ああぁ、あああぁぁ」と喘ぎ声を発しながら、操りに人形のようなぎこちない動きで母親に近づいていく。
ラーズは咄嗟にふたりの間に割り込み、ダンの腕を掴んだ。
「うっ!?」
すさまじい怪力だった。ありったけの力で押し返すも、ダンは岩のようにびくともしない。元からの腕力もあるだろうが、タガが外れて限界以上の力が発揮されているのだ。
「あぁああぁあ……」
ダンの口からは涎が垂れ、表情からは完全に理性が失われていた。
「隊長、そいつ斬ってもいい!?」
ダンの背後でオッシが今にも剣を振り下ろそうとしていた。
「ダメだ! 悪霊に意識を乗っ取られているだけだ!」
「だけど!」
「お嬢様の聖霊術で元に戻る! それまでそいつを押さえてろ!」
アイラの言葉を受け、ラーズは押し込んでくる力を利用してダンを床に転した。そしてそのまま足を絡めて全力で押さえ込む。
そのとき、トーキルが「ああっ、あれはまずい!」と焦りを滲ませた声を発した。
「あのリッチ、魔術を使うつもりです! しかもあの術は……おそらく炎で一面を焼き尽くすつもりです!」
ラーズはダンの腕をがっちり固めながら、ちらりとリッチの方を見る。たしかに纏っている黒いオーラが一回り大きくなっているような気がした。
「なんとかなんないの!?」
と叫ぶオッシに、トーキルは力なく首を振った。
「ここはフィリス殿の聖霊術に賭けるしかありません」
そのフィリスは未だに祈りを続けている。鎧の怪物を浄化させたときよりもあきらかに時間が掛かっていた。まだ本調子ではないからか、それともあのリッチがよほど強大なのか。いずれにしろ、このままではリッチの魔術の方が先に発動してしまいそうだった。
「――ここを頼む」
突然、イームクレンが持ち場を離れ、前方に走り出した。
「ちょっ、イーム!?」
驚くオッシを尻目に、イームクレンは驚くべき身のこなしで悪霊の攻撃を躱しながら包囲網を突破する。そしてだしぬけに足を止め、弓に矢をつがえた。当然、追い付いた悪霊が我先にと彼の身体にまとわりついていく。
だが、当のイームクレンは動じることなく、リッチに向けて矢を放った。
矢は見事にリッチの頭蓋に突き刺さる。
すると、それまで超然としていたリッチが突如として悶え苦しみだした。おかげでほぼ完成しかけていた魔術の詠唱が中断された。
「そうか、矢じりに聖水を……」
トーキルが感心したように呟く。一方で、イームクレンは危機に陥っていた。無数の悪霊に纏わりつかれ、その場に崩れ落ちる。
「イームッ!」
すかさずオッシが救出に向かう。
そのとき、一心に祈りを捧げていたフィリスの目が、ついに見開かれた。
「みなさん、目を閉じてください!」
全員が言われた通りに目を覆う。
「偉大なる神ロセヌよ、わが願いを聞き届けたまえ――!」
フィリスの全身が眩い光を放った。
隧道内が白一色に塗りつぶされ、光に触れた悪霊どもが次々と消滅していく。
誰もがリッチの消滅を確信した。
だが、最初に耳に飛び込んできたのは歓喜の声ではなかった。
「ば、ばかな……」
声の主であるトーキルは、愕然とした顔で立ち尽くしていた。
ラーズはその視線の先を追う。そしてそこにある光景を見て、絶句した。
リッチは消滅することなく、この世に存在し続けていた。それどころかまるで何事もなかったかのように魔術の詠唱を再開しており、袖から覗く白骨の手からは、今にも魔術が発動しそうな勢いでオーラがほとばしっていた。
聖者フィリスの全霊の祈りをもってしても、浄化させるには至らなかった……その事実は、この場にいる者を絶望させるに十分過ぎた。
フィリスの身体がふらりと揺れ、そのまま床に倒れ込む。
「お嬢様っ!」
アイラが弾かれたように駆け寄り、主を抱き起こした。
だが、何度呼びかけられてもフィリスはまったく反応を示さない。顔色は真っ白で、まるで蝋でできた人形のようだった。
「……ねぇ、これってまずくない?」
オッシがそう呟いたのとほぼ同時に、リッチの魔術が完成した。
突然、周囲に青白い炎が勢いよく吹き上がった。
「みんな下がれッ!」
そう叫びながら、ラーズは倒れているイームクレンのもとへ駆け寄り、引きずって後退する。
が、すぐにそれが無駄だと気付かされる。炎は巨大な輪となって一行の周囲を取り囲んでいたのだ。しかも、その輪は徐々に小さくなっている。
トーキルが魔術で水を生み出して鎮火を試みるも、炎は消えるどころか、ますます勢いを増しただけだった。
猛り狂う炎が、巨大な壁となって迫りくる。
逃げ場はどこにもない。
万事休すか――ラーズがそう思った直後だった。
「コ、コルウィン!?」
戸惑うようなベルの声がラーズの耳に届いた。
振り返ると、彼女の腕のなかでコルウィンの身体が淡い光を発していた。
「こ、これは……?」
次の瞬間、光が爆発した。
先ほどの光とは比べものにならない、目を閉じていてもまぶたの裏が白に埋め尽くされるほどの凄まじい輝きが、一瞬ですべてを飲み込んだ。
同時に、この世のものとは思えない断末魔の叫びが脳内に響き渡る。
やがてそれが聞こえなくなると、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
波が引くように光が収まってゆく。
ラーズはゆっくりと目を開いた。
徐々に視力が戻ってくる。炎の壁は、まるで最初から存在していなかったかのように消えてなくなっていた。
そしてあのおそるべきリッチの姿も……。
誰も、一言も発しなかった。
たった今起きた出来事をどう受け止めてよいのかわからないのだ。
ただ、意識がある者は例外なく、ある一点を見つめていた。
驚き固まっているベルの腕のなか。
神託の子コルウィン――。
自分たちがこの赤子に命を救われたことを、この場にいる全員がはっきりと認識していた。
視線が集中していることに居心地の悪さを覚えたのか、コルウィンは顔をくしゃくしゃにして大声で泣き始めた。
止まっていた時が、それで動き出した。
ラーズは近くにいたウォーレンと目を合わせた。
「ラーズ……こいつは……」
ウォーレンはそれ以上言葉を続けなかった。
だが、ラーズには彼の言わんとすることがわかっていた。
「……ウォーレン、あの子は絶対、無事に連れ帰るぞ」
「当然だ」
それまで半信半疑だった彼らのなかで、神託の子コルウィンの存在が、人類の未来を繋ぐ希望の光へと変わった瞬間だった。




