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第三十六話


 その後、芯太の家に行き、怪我した足を湿布と包帯で固定すると、幾分か痛みが和らいで何とか家までは帰れそうな状態にはなった。

 生憎、芯太の姉の文絵は留守だったため、懐かしい顔を見る事はできなかったが、七年ぶりの芯太の家、昔住んでいた自分の家と同じ間取りのその空間は懐かしさと合わせて何か別の感慨深さのようなものを感じた。

 その後、芯太に夕飯を誘われたが、そろそろ飼い猫のアッシュのご飯を用意する必要もあったため、家へ戻ることにした。

 ショッピングセンターのバスターミナルまで見送りに出る為、二人で玄関口を出た外廊下で、アルバイト帰りの美紗姫とばったりと出くわした。

 美紗姫は芯太と志乃が二人でいる事に驚き、またニヤニヤしながらその件について茶化してきたので、簡単に経緯を説明した。説明内容に納得はしたものの、まだ詮索の気持ちは薄れていなかった為「はいはい」と言葉を流し、バスが来るからと言ってその場から逃げる。美紗姫の「志乃ちゃん後から詳しく教えてね!」と言う言葉に志乃は苦笑いをしながらバイバイと小さく手を振って応える。

 エレベータを出て、エントランスを抜けると外はすっかりと日が落ちていた。

「歩けそう?」

 芯太の言葉に「うん。大丈夫そう」と答える。包帯で固く固定されているため歩みは少しぎこちないが、痛みは殆ど感じなかった。

 肩に掛けていたバッグだけ芯太に持ってもらい、彼の後をついて例の交差点に差し掛かる。

「あ……」

 ふと横断歩道横の路肩を見た志乃が小さく声を上げた。

「どうかした?」

「あれ……」

 振り返る芯太に、路肩の方を指差して答える。

 見ると、そこに何か小さな黒い塊のような物が落ちていた。

 二人はその塊に見覚えがあったので、同時に芯太が志乃から預かっていたトートバッグの持ち手の付け根部分を見る。

 そこには先の無いストラップの部分だけが結び付けられて残っていた。

「さっきの事故の時に落としたみたいだね」

「うん。気付かなかった」

 芯太は、路肩の隅で転がってい小さなぬいぐるみを拾い上げて志乃の前に差し出す。ぬいぐるみは片目が取れて無くなって、背中の縫い目の部分がほつれて少し中の綿がはみ出していたが、かろうじて原型は留めていた。

「身代わりになってくれたのかな?」

「志乃が、芯太に似てるって言ったからかもね」

「そっか……悪い事しちゃったかな? 家に帰ったら直してあげるね」

 そういって芯太の手からぬいぐるみを受け取ると、周りについた砂や小石を優しく払ってバッグの中に入れる。そして、芯太の方に視線を戻すと、悪戯っぽく睨みながら続ける。

「あと芯太。今どさくさに紛れて、名前呼び捨てにしたでしょ?」

「あはは、ダメだった?」

 視線を逸らしながら誤魔化すように笑う。

 

「女を下の名前で呼ぶのは格好悪いんじゃなかったっけ?」

「何の話だっけそれ?」

 そう言って口笛を吹く真似をしてみる。

「……志乃さん」

 志乃は訝し気な目でしばらく芯太を睨んだ後、そう呟く。

「え?」

「だから、『志乃さん』ならいいよ……」

 視線を逸らして呟くように言う志乃に「わかった、志乃ちゃん」と返す。

「志乃さん!」

「うん。志乃ちゃん」

 怒ったふりをしながらそう言う志乃に、芯太はニコニコしながら答える。志乃はため息を一つ吐いて「じゃあそれでいい」と返した。


 翌日になり、いつも通りの学校生活が戻ってくる。志乃の足の怪我はとりあえず悪化はしていないようで、湿布をサポーターで固定する程度で済んでいるようだった。要佑、美紗姫、天智の三人には、前日にスマホであるその日の出来事の顛末をある程度掻い摘んで送っていたが、昼休みに集まり、掘り下げて説明させられた。また、自分たちに相談が無かった事に対する不満や愚痴を延々と聞かされた。

 天智が予想した予知夢の最終日の翌々日、またそれ以降も新たな予知夢を見ることはなく、何事も無く数日が流れた。一連の事件としてはもう収束しているが、芯太と志乃にはまだやり残した事柄が残っていた。


 七月四日

 放課後、二人でバスに乗り、芯太のマンションのあるバスターミナルまで移動した後、そのまま歩いて南西の池のある公園に向かう。そこであの頃の記憶を頼りに、辨天像の後ろの茂みを掘り起こすと、硬い箱状のものが姿を現す。それは両掌を並べたぐらいのサイズの錆びたクッキー缶だった。

 芯太はしゃがんで錆び付いた蓋をスコップの先を使ってこじ開ける。中には、半透明のビニール袋が2つ並んで入っていた。袋の中身は枯れた笹の枝が一枝ずつ。それぞれに水色とピンクの細長い紙片が、こよりで結びつけられている。

 芯太は、本来は赤かったであろうピンクに色褪せたの紙片のついた枝の袋を後ろの志乃に渡し、薄青に変色した紙片の袋を背負っていたバックパックに入れる。クッキー缶についても別途持ってきていたビニール製の袋にスコップと一緒に入れバックパックへ収納した。

 事件から五日が過ぎた七月七日。

 放課後、バスで阪急桂駅まで行った二人は、事前に準備していた。

「じゃあ行こうか」

「あの時の続き?」

 手を差し出してしゃがんだ芯太を引き起こしながら志乃が聞く。

「それもいいけど、今は大人の経済力があるからな」

 芯太はそう言って歯を見せて笑った。


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