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第三十一話

 支払いを済ませてカフェを出ると、朝通った道を戻る。嵐山駅から桂行の私鉄に乗り、最寄り駅からバスターミナル行きの市バスに乗り継ぐ。芯太の住むマンションの向かいのショッピングセンターに戻り着いたのは午後三時三十分頃だった。

「あと二時間ぐらいかな。それまでどうする」

 ショッピングセンター内にあるフードコートのテーブルの席に腰を下ろし、スマホの画面で時間を確認して芯太が言った。

「とりあえず、どんな方法でどうするかを考えないとだね。行動は方針が決まってからかな」

 芯太は「確かに」と短く答えてから続ける。

「吉行さあ、何か書く物持ってる? ペンとメモ調」

「あるよ」

 志乃はトートバックの中から、ガーネット色表紙の真ん中に小さく金色の猫の後ろ姿のワンポイントが入ったのB6サイズの手帳を取り出す。

「メモ、一枚もらっていい?」

「うん」

 志乃は方眼になっているメモ帳の部分を一枚切り取り、手帳のホルダーに挟まったシャーペンを抜いて一緒に芯太の方に差し出す。

 芯太は「ありがとう」と言ってそれを手前に引き寄せると、自宅のマンション前の地図をメモ紙に描き込む。若干立体感を出して描かれた地図は意外に上手い。マンションの向かいにあるショッピングセンターのガレージには、駐車してる乗用車なんかも細かく描き込まれている。

「絵、上手いんだね」

 メモを覗き込みながら感心したように言う志乃に、「そうかな」と答えて少し照れた様に頭を搔く。

「この地図、大体どの辺りか判る?」

「うん、判るよ。ここが家具屋で、ここがが君の住むマンションだよね」

 志乃は向かいの席から身を乗り出しガレージのすぐ後ろにある建物と、車道を挟んだ向かいにあるマンション群の道路側から二つ目の建物を指差した。

「うん正解。まだここらの土地勘無いのに良く判るね」

「君の絵が上手だから」

 そう言われてまた少し照れたように笑う。どうやらあまり褒められ馴れていないようだ。

「それで、事故が起こるのはこの辺?」

 照れを隠す様に、口早でそう言ってマンション群のすぐ左側、西にある主路線と主路線を結ぶ大きめの交差点を円を描くように指でなぞる。

「そう、この交差点」

 志乃は各道路の交差点の入口にある4つの横断歩道のうち、南側にある東西を結ぶ交差点を指差した。芯太はその交差点にシャーペンで×印を付ける。

「向きは?」

「こっちから、こっち」

 交差点を西側から東側へと指でなぞると、その向きに矢印を書き込む。

「事故を庇う相手はどんな子供?」

「小学校の低学年ぐらいかな? 継美ちゃんよりは学年上だと思う。二年か三年生ぐらいの女の子で、自転車に乗ってて、自転車のかごに縄跳びが入ってた」

「なるほど、じゃあ公園行った帰り道かな? 方角と距離的に考えられるのは、大蛇ケ池公園か境谷公園かな?」

 そう言って地図を付け足して描いて、該当の場所付近に丸印を付けた。

「もし、どっちかで遊んだ帰りだとすると、中央通りの北側か、西の竹藪のある通りかのどっちかだだと思う」

 北と西の二本の道に矢印を書き込む?

「南側は?」

「そっち側の公園の入り口自転車停められないから、多分無いな」

 可能性がゼロでない以上、考えられる場所は全て確認したいけど、二人なので確率が高い所を優先するしかない。もし外れても時間の少し前までにそちらに回れば何とかなるだろう。

「じゃあオレは竹藪の方の道を辿ってみるから、吉行はこっちの道頼んでいい?」

 芯を戻したシャーペンの先で北の道をなぞる。志乃が頷いたのを確認した後、もう一度シャーペンをノックして芯を出すと、道の途中の『歩道』と書き込んだ高架の手前の路側に丸印を付けた。

「ここに公園から下りてくる坂道があるから、ここらで見ていてくれたら道の先からも公園からも両方対応できると思う」

「うん。分かった」

 志乃はもう一度大きく頷いた。

 志乃の返事を確認すると、芯太はスマホを取り出して、時間を確認する。現在の時間が午後四時二十二分なので残り時間は一時間と少し。二人は少し早いが事故阻止の準備に入ることにした。スマホのアラームを事故が起こる十分前の五時二十九分にセットする。

 それから席を立つと、一旦事故の起こる交差点のを目指して、ショッピングセンター内を歩く。途中右手に見えるおもちゃ屋の前で、志乃の足がふと停まった。

「? どうしたの」

「あれ……」

 芯太の問いかけに、志乃はおもちゃ屋の軒先に設置されたクレーンゲーム機の方を指差す。

 クレーゲームの中には、小さなぬいぐるみが景品として山積みにされていた。ぬいぐるみは、アニメか漫画かのものらしい少年少女や着物のようなものを着た鳥、赤い布を纏った猫のようなキャラクターがディフォルメされたもののようだった。

「ああ、それテレビアニメのキャラだね。興味あるの?」

「この子かわいい」

 志乃は山の上で横向けに転がっている丸っこい白猫のキャラクターを指差さす。

「――でもこのキャラ、確か妖怪だぞ」

 アニメは見ないが、漫画雑誌でその作品を知っていた芯太はそう教える。

「でもかわいい……」

 志乃はそう言って目を輝かせている。芯太は苦笑いしてズボンのポケットを弄ると、小銭入れから百円玉を取り出して、クレーンゲームに投入した。

 そしてレバーを操作して、白猫のキャラクターの位置にアームを合わせてトリガーボタンを押す。

 落下したアームはうまくぬいぐるみを掴んで持ち上げると、そのまま開口部の方へ移動する。しかし、もう少しという所でぬいぐるみはアームから外れ、開口部の手前の山の上に落下した。希望していたぬいぐるみは取れなかったが、落下した勢いで、山の側面になっていたぬいぐるみが開口部に転げ落ちた。

「あ、おしい。もうちょっとだったんだけど――」

 芯太はそう言って、小銭入れの中をまさぐる。

「いいよ」

 志乃は景品取出口に手を入れて、中から代わりに取れたぬいぐるみを取り出す。

「これ、もらっていい?」

 ぬいぐるみは、忍者か何かの格好をした男性キャラのようだった。

「いいけど、興味あるの?」

「ありがとう! 興味があるというより、なんとなく芯太っぽいし、お守り代わり」

 そう言いながら、バッグの持ち手のところに結びつける。

「似てる? どこらへんが?」

「目つきの悪いところ」

 芯太は「そうかなー」と言いながら納得できなさそうに首を傾げてぬいぐるみを覗き込む。

「ごめん、時間取らせたね。行こうか」

 芯太はその言葉に頷くと、交差点に向けて移動を再開した。

 志乃は現場に近づくにつれ少し不安なのか、先ほどのぬいぐるみをぎゅっと握りだした。芯太も正直少し不安な気持ちもあったが、天智が言っていた「因果の無いものには事象に干渉できない」という仮説を思い出し、志乃とその事を話していると、完全に納得した訳では無いまでも、二人で何とかその場に立つ事ができた。

「こっちから向こうへ渡る時だよな?」

 芯太は事故に遭う横断歩道の方に視線を向けて尋ねる。

「間違い無いよ。横断歩道の向こう側で友達が二人待ってて、信号変わってるのに自転車を押して急いで渡ろうとして……」

「車の来る方向は?」

「あっち」

北側の道路に向けて指差す。

「じゃあオレはとりあえず、こっちから公園の方に入って、それっぽい子供探してから西に抜けるよ」

 そう言って南側の道の方を向く。

「分かった。私は坂を上がって一旦公園を見てみるね」

 志乃は北側の道の先に視線を向けた。ちょうど二人はそれぞれ逆方向に向かって歩く形になる。

 芯太は志乃の言葉に頷くと、ポケットのスマホを手に持ち替える。

「何かあったら、直ぐに通話で連絡して」

「うん」

 志乃の返事を聞いて、南に向かって歩道をゆっくりと歩き出す。

「あ、芯太……」

 志乃の呼びかけに立ち止まり、首だけで後ろを振り向く。

「気を付けてね……くれぐれも」

 そこまでで言葉を止めた志乃に、軽く片手を上げて答えると、再び視線を前に戻した。

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