第二十八話
二人は改札をくぐり、駅前の広場に出る。天気が良い事もあり駅前の広場はかなりの賑わいを見せていた。
芯太の提案で、桂川の中州にある中之島地区に出ようという事になり、桂川の方に向かって道なりに歩く。家を出る時は少し曇っていた空は、今は高く晴れ渡っており、少し歩くと汗ばんでくる。
「帽子か日傘持ってくればよかったね」
肩に担いだトートバッグの中から白いハンカチを取り出し、額を拭う。
「もう完全に夏だね。セミが鳴いていなのが違和感覚えるな」
近畿地方の蝉の初鳴きは七月中旬頃なので、鳴き出すにはまだほんの少しだけ早い。周りが蝉の鳴き声に満たされると猛暑を連想し、外出時に自然と夏の準備ができるが、それが聞こえ無いとついつい穏やかな日差しを連想し、それに合わせた外出着になってしまう。
「吉行はその髪だから、余計に暑いでしょ?」
目に掛かりそうな前髪を手櫛で後ろに撫でつけながら、志乃のうなじを覆う程度の高さに纏められたポニーテールを指差す。
「そうだね。切っちゃおうかな?」
「いやいや、それは勿体ないでしょ」
冗談が本気か判らないような少し悩んでいる表情の志乃の返しに、すかさずツッコミを入れる。
「君は髪の長い娘とショートの娘とどっちが好み?」
「両方いけるぞ」
「無節操なんだ」
「何でだよ。そもそも前提がおかしいぞ。それ、ラーメンとカレーのどっちが美味しいって聞いているようなもんだぞ」
「ふーん……」
「まぁ、その娘その娘に似合う髪型が一番いいんじゃないかと思うな。吉行はどっちも似合いそうだけど、その髪は好きかな」
「そう。ありがと」
にっこりと笑顔を見せる志乃に少しドキッとしながら、それを悟らないよう視線を逸らし話題を変える。
「そういえばさ、吉行は朝食べてきた?」
「朝ご飯? そういえば今朝は食べてないかな」
「ちょっと早いけど、どっかでお昼食べる?」
「だったら私、お弁当作って来たよ」
志乃はそう言って肩の掛けたトートバッグをトントンと叩く。
「マジで? そのバッグ、お弁当だったんだ」
「何だと思った?」
「病院に持っていくのおばあちゃんの着替えだろると思って、あえて触れなかった」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「だったら、コインロッカーに入れていくって。病院は明日学校帰りに寄る予定だから」
「そっか。でも実はお弁当だったらいいなって妄想はあった」
「あはは。でもお弁当って言っても、サンドイッチとか簡単な物だよ」
「十分です。てゆーか、ご飯詰めるより手間掛かると思うぞ」
そんな会話をしながら『中之島橋』と書かれた古びた木製の欄干が備え付けられた橋を渡り中州に入る。休日という事もあり嵐山公園中之島地区は、そこそこの賑わいを見せている。観光客らしき人々も多いが、それ以上に男女のペアが目立つ。以外に家族連れはそれ程でもなかった。
「意外と二人で来てる人が多いね」
「まあ、川岸と海辺を歩くのはカップルの義務だからな」
芯太は良く解らない持論を展開する。そんな芯太に「恋人同士とは限らないよ。私達みたいな単なるお友達同士かもよ」と試すような視線を向ける。
「つれないなー」
志乃は大袈裟に肩を落とすようなポーズを取る芯太を見て小さく声を出して笑った後、手を取って前に引っ張った。
「ほら、お昼食べるんでしょ。どうする? 河原に下りる?」
「暑いし屋根がある所の方がいいかも」
目を細めて、眩しそうに太陽の方を見上げる。
「そうだね。じゃあ、あそこのベンチにしようか」
志乃は芯太の手を引っ張って左前に見える藤棚の奥の屋根ある白い建物の方に向かう。中は四組程のグループがそれぞれ食事をしたりお喋りを楽しんでいた。二人は丁度空いていた建物の隅の木製ベンチに腰を下ろした。
志乃はバッグから、ゴムベルトで止められたすす竹網代編みのランチボックスと樹脂製のタッパーを取り出して、自分と芯太の間のベンチの上に置いて蓋を開ける。ランチボックスの中には、ハムとチーズとレタスを挟んだハムチーズサンド、潰したゆで卵とマヨネーズを和えたものを挟んだ玉子サンド、イチゴジャムを挟んだジャムサンドが丁寧に詰め込まれている。タッパーの中身は、ピックの刺さった鶏の唐揚げと玉子焼きと、櫛切りのフライドポテト。所々にレタスとフルーツトマトで彩られている。
「簡単な物って言わなかったっけ?」
「残念ながら唐揚げとポテトは冷食だよ」
そう言っても、揚げ物の衣の状態からレンジで温めただけでなく丁寧に油で揚げられているのが見て取れる。
志乃は動物のキャラクターの絵柄の透明なおしぼりケースのてつまみを回して中からおしぼりを取り出すと芯太に手渡した。
家を出る直前まで冷水に漬けていたのか、おしぼりはまだほのかににひんやりと冷たかった。
「いただきます」
志乃はもう一つのおしぼりで手を拭うと、両手を合わせた。芯太も慌てて「いただきます」と手を合わせてから、ハムサンドを一つ掴んで頬張る。
ミルフィーユ状に並べられたハムの食感にレタスのシャキシャキ具合とチーズのコク、マヨネーズと和えられているからしと粒マスタードの辛みと酸味と苦みが絶妙なハーモニーを奏でている。芯太は二口でそれを平らげると、玉子っサンドに手を伸ばした。
「すげー美味しい。昨日に続いて今日も手料理が食べれて、超幸せかも」
「かも?」
「いや、超幸せです」
「よろしい」
志乃も機嫌よさげにサンドイッチを頬張っている。
「で、この後モンキーパークに行くんだっけ? 夢では今日の予定ってどうなってたの?」
ピックの刺さった唐揚げをつまみながら志乃の方を見る。
「それは秘密だよ。折角デートしてあげてるんだから、それに気にせず楽しんで欲しんだけどな」
「嬉しいけどちょっと気になるな。良いことづくめで死亡フラグっぽいんだけど」
冗談ぽく笑いながら言う芯太に、志乃は一瞬体の動きを止めて睨みつけた。
「怖い事言わないでよ。大丈夫だよ、今日は私の言う通り一緒にデートしてたら何も起こらないで、ちゃんと明日になるよ」
表情を笑顔に戻して目を細めながら「何も心配いらないよ」と付け足す。
(マジかよ……これ絶対何かあるだろ)
芯太はそう思いながら、あははと引きつった笑いを志乃に向けた。




