第二十七話
バスは生活道路から住宅地を挟んだ主線に抜け、暫くして国道に入る。日曜の朝の9号線はそれほど込み合っておらず、比較的スムーズに流れている。
芯太は隣を走る乗用車の屋根を目線で追いかけながら志乃が言った言葉の意味を考えていたが、どうしても思い当たらず志乃に尋ねた。
「そんなに鈍いかなぁ?」
「うん。鈍いって言うか、察しが悪い」
相変わらず窓の外を見たまま志乃は答える。
「なんか、この前もそんな事言ってたよな」
「だって君、相手の事全然見てないでしょ?」
「そうか?」
芯太と呼ばれて少しドキッとしながら聞き返す。
「見てないよ。外見じゃなく言葉や内面ね」
「うーん……」
女心は複雑……そんなやり取りを要祐としていた時の事を思い出す。もしかしたら要祐の言う通り、自分が深く考え過ぎてるだけで案外本心は言葉と表裏一体なものかもしれない。オセロゲームの石のように。
吊革に体重を預けながらそんな事を考えているうちに、終点の私鉄の駅前に到着したバスから降りて、停留所を後にする。
二人は停留所横の階段を登り、ロータリーを横切るペデストリアンデッキ渡って、私鉄の駅構内に入った。そして構内で嵐山行の切符を買うと、改札を潜って行先のホームに降りる。発車時刻待ちの電車が停まっていた為、二人はそれに乗車した。 日曜日という事もあり、車内のロングシートは家族連れやカップル等でそこそこ賑わっている。一番前の車両の両開きドアのサイドに立って発車時刻を待つ。程なくして発車の車内放送が入り、扉が閉まってゆっくりと走り出す。
「なあ吉行」
「ん? 何?」
ドア隅に寄りかかりながら横目で外を見ていた志乃は、芯太の方をちらりと見る。
「何で猿見たいんだ? 猫が好きなんじゃなかったっけ」
家には実家から連れてきた愛猫が居て、普段使っている文具やアクセサリー類についても比較的猫率が高い。そんな彼女が特に好きでもない猿を見に行きたがる動機がよく解らなかった。
「何でかなぁ? 芯太っぽいから?」
小首を傾げながら芯太に聞き返す。
「オレ、猿っぽいか? ボス猿?」
「子猿」
首を横に振りながらそう言ってクスクス笑と笑った。
電車は高架を登りそのまま住宅街の間に出る。暦の上では初夏の終わった七月の日差しの中、ゆっくりと揺れながら進む。遠くに流れる家のベランダに洗濯物が並んでいるのが見える。小学生の頃、姉に連れられて当時隣の部屋に住んでいた、女の子とこの電車でよくお出掛けした事を思い出した。
「ころもほすちょう あまのかぐやま」
芯太は窓からの陽の光を浴びながら、ぼそりと呟く。
「何それ?」
首を傾げながら志乃が聞き返す。
「百人一首」
「それは知ってる。持統天皇だよね。そういう意味じゃなくて突然どうしたのって事」
「小学生の二年生の頃の話なんだけどさー、ちょうど今ぐらいの季節に天の香久山が見たいって母さんに駄々をこねて連れて行ってもらった事があったの思い出しただけ……」
ハイキングコースとなっている香具山を母親と姉と、隣の部屋の女の子の四人登頂した。耳成山を横目に頂上に向かい、國常立神社に着いた後、尾根沿いに北に歩く。そこから左に下って、天香久山神社に向かう。そこで参拝した後、波波架の木や、歌人の歌碑なんかを見て帰った。
「そうなんだ……それで、帰りに感想聞かれて衣干して無かったとか文句言ったんでしょ?」
「……よく分かるな」
その志乃の指摘に芯太は目を丸くする。
「うん。だって芯太、すごく言いそうだし」
そう言ってまたクスクスと笑った。
芯太は「ちぇっ」とわざとらしく舌打ちをして窓の外に視線を移す。そしてそのまま窓の外を向いたまま志乃に尋ねた。
「吉行はどうなんだよ? 子供の頃とか何して遊んでた? 何処か行ったりとかした?」
「私? どうだったかな……」
志乃は芯太と同じように視線を窓の外に移し、少しだけ黙ってから話を続ける。
「おとうさんの仕事、転勤が多かったから、お友達ができたら引っ越しが決まって、またそこで仲の良い子ができたら引っ越しての繰り返しだったな……」
「転勤族なんだ。お父さん何の仕事?」
「銀行員」
「あー、転勤が多いって言うね。お父さん単身赴任とかしなかったんだ」
「お母さんが付いて行きたい人だったから」
「そっか……今まで何処に住んだことがあるの?」
「えっと……最初の転勤先が豊橋で、次に所沢。それから金沢に行って、今は浜松」
志乃は指折り数えながら引っ越し先を伝える。
「そうなんだ。何となく東京とか首都圏と思ってた」
「それって擦れてるって意味?」
「垢抜けてるって意味」
「そうかな? 美紗姫ちゃんの方がずっと都会的な感じがするよ」
「あー、あいつはこっち引っ越して来る前は東京に住んでたらしいからね。まあ、そう言っても小学生の頃の事だから、単に顔立ちが派手だからそう見えるだけじゃないか?」
芯太はそう答えた後、志乃の方に向き直してさらに言葉を続ける。
「ていうか吉行、いつもやけに美紗姫を引き合いに出すよな」
「だって、ねー」
作り笑いのような笑顔を芯太に向ける。電車は終点前の駅であるの松尾大社を後にし、ゆっくりと走り出す。
「何が『だって』なのか解らないんだけど……」
間もなく終点の嵐山に着く旨の車内放送が流れる中、困った表情を志乃に見せる。
「だって、美紗姫ちゃんはファーストネームで呼び合う仲で私は苗字呼びだしねー」
そう言って志乃は疑り深い目を芯太に向ける。
「あ、いやそれは全く逆の事情があって……ていうか下の名前で呼んでもいいんだっけ?」
「いや、それはダメだけど」
電車は終点の嵐山に到着し、プシューと圧縮空気の解放する音を立て、ドアが開く。
「……ですよねー」
あははと笑って電車を降りる芯太に聞こえない程度の声で「まあ、今はまだお預けって事で」と呟くように言ながら続いて電車を降りた。




