第二十四話
「そろそろ継美起さないと」そう言って立ち上がると、寝息を立てている継美の方への向かう。
「もう起こすのか?」
「寝かしておいてあげたいんだけど、夜寝られなくなってしまうからね」
時計を見ると時間はあと十分ほどで午後六時になるところだった。七月になるとこの時間帯でも昼間と変わらないぐらい明るい。
要佑は眠っている継美を一旦うつ伏せにしてから脇に腕を入れて膝で立たす。それから少し斜め前に押し出すと継美はぼんやりしながら目を覚ました。
「二人共どうする? 家で夕食食べて行く?」
「いや、遅くなるって言ってないんで、文姉晩御飯作って待ってると思うし……」
芯太は要佑に勝るとも劣らないシスコン発言をする。
「私もアッシュにご飯あげなきゃいけないから」
志乃はそう言って立ち上がり、制服のスカートの裾を整える。
「えー、しのお姉ちゃん帰っちゃうの?」
継美はその言葉を聞いて志乃の足にしがみ付く。志乃はもう一度しゃがみこんで継美の頭に手を置いた。
「また遊びに来るからね……そうだ、今度はお姉ちゃんのお家に来る? お姉ちゃんの家族紹介するよ」
「家族?」
「猫のアッシュ。もふもふしてて、ぎゅってすると気持ちいいよ。抱っこされるの大好きだから今度うちに来て抱っこしてあげてね」
「うん。行く!」
「今日はね、そのアッシュがお腹空かして待ってるから、帰らなきゃいけないの」
「そっか、じゃあ仕方ないね。早く帰ってアッシュにご飯あげないとね」
流石は要佑の妹。しっかりと理由を説明するととても聞き分けが良い。
吉行さん、帰りはバスでいいんだよね。最寄りのバス停は?」
要佑の問いに、家に一番近い停留所名を答える。
「だったら池の近くのバス停から西6が一番近いかな」
要佑はスマホでバスの経路を検索して、その結果を志乃に伝えた。
「どの辺だっけ?」
「坂を下りたひとつ目の交差点を右に曲がって池の手前」
「女子高の裏の道入る所?」
「そう、そこら辺」
「遠くね? 坂の上のバス停からは行けねーの?」
「大橋で別のバスに乗り換えたら行けなくもないけど、手間と時間が掛かると思う」
「吉行、五百メートルぐらい歩くけど大丈夫か?」
「うん。任せる」
志乃はまだこちらに引っ越してきて間が無く土地勘が無い為、地元の二人に任せることにした。
「次のバス六時半だから、そろそろ出た方がいいと思う。逃すと三十分後だし」
時計を見ると針は六時十分を指していた。「了解。じゃあ行こうか」
芯太は鞄を肩に背負い立ち上がった。継美の高さにしゃがんでいた志乃も一緒に立ち上がる。
「じゃあまた月曜日に学校で」
「何かあったら連絡しろよ。吉行さんもね」
「うん」
「じゃあまたね、継美ちゃん」
「うん。ばいばい、しのお姉ちゃん」
玄関で手を振る継美を見て、夢の通りの状況でホッと胸を撫でおろした。
「しんたお兄ちゃんもばいばい」
「なんかオレすっかり、おまけの扱いになっちゃったな」
「この前までは懐いてたのにな」
要佑はからかうように言う。
「いいよ、新しい恋に生きるから」
「こっち見ないでね」
そう言いながら志乃の方を向く芯太に、志乃はぴしゃりと言った。とは言っても目は笑っている。
要佑の部屋を後にし、エレベータで一階まで降りてマンションの外に出た。七月の空はこの時間でも若干赤みを帯びた程度だ。
国道は市街に向けての下り坂を自動車が短めの渋滞を作っていた。週末という事もあり、ダンプカー等の貨物車は少なめだが毎日見慣れた光景。
二人は歩道を先の交差点に向けて歩き出した。
「家まで送った方がいい?」
不意に芯太が声を掛ける。
「大丈夫。てゆーか、君の家とは逆方向でしょ」
前を向いたままで志乃が答える。
「あれ? 家どこか教えてたっけ?」
「美紗姫ちゃんに聞いて知ってるよ。ショッピングセンターの近くでしょ」
「うん、そう。すぐ向かいの建物」
交差点で右折し、そのまま短い下り坂を歩く。主道路から外れ下り坂の交通量は少しまばらになる。そのまま先の丁字路まで歩くと、道路を挟んで左側に池が見えはじめた。
「この前家まで送った時……」
「うん」
「あの時、学校方面のバス乗っただろ」
「そうだね」
「ショッピングモールに行った時の帰り、家の近くに着くバスあったんじゃないのか?」
「んー、そうなんだけど、あの時まだこっち来たばっかりでバス停の名前知らなかったから」
そう言ってちろりと舌を出し「昨日君に、もっと近くにバス停無いか聞かれて夜、わざわざ名前調べにそこまで行ったんだから」と続けた。
「それは悪い事した。ごめん」
「別にいいけど」
話しているうちにバスの停留所に着く。車道の先を覗き込むと、緩やかなカーブの向こうに緑色をベースにしたバスの車体が見えている。
「丁度バスが来たみたいだな」
「君はどうするの?」
「あっちからバスターミナル行のバスに乗って帰るよ」
車道を挟んで向かい側に見えているバス停留所を顎で示して答える芯太に「そう」と返した。
「なあ、本当に送らなくてもいい?」
停留所にバスが停車し、折り戸が開いて、機械的な女性の声のアナウンスが流れる。志乃はバスのステップに足を掛けてから振り向いて言った。
「送ってたら、折角のお姉ちゃんの手料理、冷めちゃうよ?」
「なんだよ、それ……」
苦笑いしている芯太に「何だろうね」と言って笑顔を見せる。
「じゃあまた、芯太」
バスの折り戸が閉まり、ゆっくりと走り出す。芯太はズボンのポケットに手をいれたまま去っていくバスを、芯太は無言で暫く見送っていた。




