第二十三話
「こら継美、お姉ちゃん重いって」
「大丈夫だよ、継美ちゃん猫みたいで可愛い」
それを聞いて継美は「にゃあ」と猫の鳴き声の真似をする。
「でも、継美がこんなに早く人に懐くのは珍しいな」
「さっきも吉行と話していたんだけど、オレと美紗姫の時は二か月ぐらいずっと喋らなかったよな」
「たぶん、一緒に遊んで欲しいけど、きっかけが掴めなくて出方を窺ってたんじゃないかな?」
「吉行ってさ、将来幼稚園か小学校の先生になるのが向いてるんじゃない」
「僕も思った」と要佑も同意する。
「何? 急に」
「いや、今のやりとり見て何となくそう思っただけ。この前借りたノートとか見た感じ、勉強教えるのとかも上手そうだし」
(あと、怒ったら怖そうだし)と付け加えようとしたが、藪蛇になりそうなので止めておいた。
「それじゃあそろそろ天智先輩との話聞かせてもらっていい?」
ラウンドボウルに芯太が買ってきたスナック菓子を移しながら要佑が切り出した。
「あーそうだな」
芯太はそこから一枚摘まんで口に入れる。
「何か、確率がどうたらで、漁師の網がもつれたとかほつれたとか、そんなんが原因じゃないかって言ってたな……」
「何だよそれ……」
「要は、吉行が明日まで夢で見た通りの行動をしたら万事オッケーなんだと。解かった?」
最後は少し投げやり気味に話す。
「ちょっと何言ってるか分からない」
要佑はテレビに出ている芸人みたいな口調で答えた。
「大丈夫だ。オレも何言ってるか解らなかったから」
『同志よ!』とでも言いたげに、握手を求めながら芯太が応じる。
少し理不尽にも感じたが、いつも芯太とするお約束のやり取りなので、とりあえず握手しておく。
そんな二人のやり取りを、猫をじゃらす様に継美と手遊びをしながら呆れ気味に見ていた志乃は小さくため息をつくと、助け舟を出すように話に入る。
過去と未来の量子がもつれの関係になり、その相互効果により意思が同期してしまって過去、すなわち今この時間帯の自分が未来の記憶を断片的に共有していて、それを夢で見てしまう事。夢で見た事はできるだけ忠実に再現しないと、僅かだがどこかにしわ寄せが来る可能性がある事等を頭で整理しながら要領よく説明していく。最後に、芯太が量子と漁師を取り違えてる旨も補足しておいた。
「なるほど。夢の内容に沿って行動した方がいいというのは、僕も同意だな」
暫く黙って聞いていた要佑はそう言いながら手振りを加えて続ける。
「実際、天智先輩が言うようにどちらかに収束しても記憶や経験なんかもそれに併せて改ざんされるだろうから、恐らく何の疑問も持たずにこれまで通りの生活を続けるんだろうけど、何かあまりいい気持ちはしないよな」
「確かに何となく解かる気がする……」
芯太がそう言って隣の志乃の方を向いて同意を求める。志乃も無言で頷いた。
「……って、継美ちゃん寝ちゃってるの?」
ソファへと腰を掛けた志乃に抱っこされるような恰好で眠っている継美を見て声を忍ばせて言う。
「ごめん吉行さん」
芯太と同じく声のトーンを落としてすまなそうに謝る要佑を見て、志乃は無言のまま首を横に振った。
「とりあえず掛けるもの用意するんで、ソファに寝かしてもらってもいい?」
そう言って要佑は一旦部屋から出て行く。暫くして水色のタオルケットを持ってきて長ソファに寝かされた継美に掛けてやる。
床の絨毯の上に座った二人はそれを確認すると、テーブルの方に向き直した。芯太はテーブルのジュースを取り喉を潤している。
「で、何だったっけ?」
コップをテーブルに戻しながら芯太が話を再開した。途中で余談が入ったが一段落したので話を本筋に戻す。
「とりあえず、次に夢をみる可能性があるのは明日だよね。明日一日はその日夢で見た通り行動するのが無難だと思う」
二人の後ろを回り込みながら要佑が答える。そしてテーブル越しの志乃の正面、継美の眠っているソファが一番見える位置に来ると、そこに座って、「それで翌日に収束するなら、その後は普通の生活に戻れると思うよ」と続けた。
「そうだね。解かった、明日はそうするようにする」
「もし夢の内容に何か問題事があったら、事情を知っている人なら誰でもいいから相談してね」
要佑はそう言ってボウルの菓子を一枚手に取って口に運んだ。
「今日のこの件は美紗姫にも共有しておいた方がいいよな」
芯太も菓子を摘まみながら話に入る。
「そうだね。メールでいいかな? 芯太は論外として、どうする吉行さん。阿方のアドレスは知ってるよね? 自分で送る?」
「そうしたいけど、前原君の方が説明上手そうだし、良ければ任せてもいいかな?」
「うん、分かった。もし補足説明があとたら、別途阿方にメッセージかメール送ってあげて」
要祐はそう言って頷くと「先輩との話はそんなものだった?」と、二人に確認した。
「あ、そうだ。ひとつ大事な事があった」
芯太は思い出したように言う。
「何だよ?」
「先輩、要祐に振らてたって言ってたけど……マジ?」
何か企て事でもあるような笑いを浮かべながら、要祐に詰め寄る。芯太の斜向かいに座っている志乃も、興味深げに気持ち身を乗り出している。
「ん? 何の話?」
要佑は本当に解らないという風に首を傾げた。
「天智先輩、前に要佑に告白して振られたって言ってたぞ」
要佑は少し考えていたが、身に覚えがあったのか「あー」と言いながら話を続けた。
「でもあれ、冗談だって言ってたぞ?」
「それ、どういう流れなんだよ」
聞くと去年の冬ごろ、ある相談事で天智を訪ねた際、何かの流れでそういう話になり、要佑が断りを入れたら、からかっただけだって笑われたという話だった。
「……微妙だよな?」
「うん。微妙……」
芯太の感想に志乃も二つ返事で同意する。それから二人でじっと要佑の顔を見つめる。
「何? 二人とも」
自分の事に関しては鈍くて本気で気付いていないのか、それとも解っているけど空気を読んでその振りをしているだけなのか。
「まあいいや。あとそれと、前からずっと気になってたんだけど、お前女の子に告白された時、どういう断り方してるんだ?」
「どうって、普通だよ。普通に好きな人いるからごめんて」
「それって口実か?」
「いや。好きな子いるってのは本当だよ」
「マジで……もしかして継美ちゃんか?」
「何で妹なんだよ?」
「シスコンだから」
「誰がシスコンだ」
志乃は二人の軽快なやり取りを、くすくす笑いながら見ている。
「二人は仲いいね」
「そうか? つーかもしかしてオレか?」
「ちげーよ」
そこまで言って二人も笑う。しばらく笑いあった後、少しだけ真面目な顔になって芯太は尋ねた。
「で、本当は誰なんだ?」
「秘密」
「告白はしたの?」
志乃も興味深々になって尋ねる。
「いや。高嶺の花だから、恐れ多くてそんな事できないよ」
「お前がそこまで言う位の人って、芸能人か何かか?」
「うん。まあ、そんなところだよ」
「……お前、シスコンの上にドルオタだったんだな……」
「だから、何でそうなるんだよ。つーか、この話はもういいだろ」
話が変な方向になってきたので要佑は話を切る。このまま行ったら憧れの相手の名前まで白状させられそうな勢いだ。
芯太は新しく仕入れたこのネタをスマホのメッセージで美紗姫に知らせたい気持ちもあったが、美紗姫の気持ちも知っている為、内容を精査する必要があるので、その気持ちは一旦保留にした。




