第二十二話
沓掛高校前のバス停留所からバスに乗り、国道を十分程走らせた停留所でバスを降りる。そこから百メートル程東にあるコンビニで差し入れのお菓子と飲み物を買う。そしてそこからさらに三分程東に歩き丁度坂を下り始めた手前の建物が要佑の住むマンションだ。
自動ドアからエントランスに入り、備え付けの操作盤で要佑の部屋の番号を押す。少し間をおいいて「はい」という女の子の声が聞こえてきた。
「継美ちゃん? 芯太だけど」
言うよりも早くゲートのロックが開く音がする。重なって元気な声が聞こえる。
しんたお兄ちゃん、お土産買ってきた?」
「うん。コンビニでお菓子買ってきたよ」
それを聞いて満足したのか、スピーカーからちゃんと受話器を置く音が聞こえてインターホンが切れる。
芯太達と志乃はエントランスのゲートを抜けて奥のエレベーターに乗り込んだ。
「前原君の妹さん、なんかイメージと違うね」
「オレと初めて会った頃から二か月ぐらいは、要佑の後ろに隠れて全く話さなかったんだけどね」
「何となく、そういうタイプのイメージがあった」
そう言ってお互い笑う。エレベータが要佑の部屋の階に着くと、昇降口の前に子供が立っているのがエレベーターの防犯窓から見えた。
身長は百二十センチ前後。紫のチュールワンピースを着て切り揃えた前髪のベルボブの女の子は、エレベーターのドアが開くと芯太の腕に抱きつく。
「こんにちは。しんたお兄ちゃん」
「こんにちは、継美ちゃん」
挨拶を交した後、隣の志乃を見て少しだけぎょっとした顔をする。そして、たたたと走って入口から部屋に戻ってしまった。
「なんか私嫌われちゃってるね」
要佑の部屋に向かうマンションの廊下を歩きながら、困ったような笑顔を芯太に向ける。
「逆に君はモテモテじゃないですか、芯太お兄ちゃん」
今度は悪戯っぽい笑顔になって芯太の脇腹を小突く。
「あんな、ちみっこいのにモテても……」
「いやいや、十年後はわからないよ」
「十年後にはもう結婚して、子供も二人いる予定だから」
真面目な顔をして志乃にきっぱりと宣言する。
「いい人見つかるといいね」
棒読みのような口調でそう言いながら志乃は他人事のような嘘っぽい笑顔を芯太に向けた。
そうこう話しているうちに、要佑の部屋の玄関の前に着き、インターホンの呼び出しボタンを押す。すぐに玄関の扉が開き要佑が顔を出した。
「二人ともいらっしゃい。ごめんね吉行さん。妹は人見知りが激しくて……ほら、継美。お兄ちゃんと芯太のお友達の吉行さんだよ。ちゃんと挨拶できる?」
そういって足元に隠れている継美の両肩を掴み二人の前に立たせる。継美は恥ずかしそうに俯いたまま黙っている。
志乃はそんなカ彼女を見て優しく微笑みながら継美と目線が合う高さにしゃがみこんだ。
「こんにちは継美ちゃん。よしゆきしのです。しのって呼んでくれていいよ」
そう言って継美の頭に軽く手を置く。
「……こんにちは……しのお姉ちゃん」
少しだけ間を置いて、継美が恐る恐る応える。
「よくできました」
今度は満面の笑顔で頭に置いていた手で優しく撫でた。継美もつられて笑顔になる。
「驚いた。初対面の人に会って即行で笑った継美なんて初めて見た……いつも怖がって目も合わせないのに」
要佑が大げさでもなく本心から言う。
「怖いんじゃなくて、ちょっと恥ずかしいだけだよね」
そう尋ねる志乃に継美はこくりと頷く。
「まあとりあえず、二人とも上がって」
要佑は志乃と妹のやり取りに少し安堵して笑顔になる。
「お邪魔します」
「しのお姉ちゃんこっち……」
継美は靴を脱いだ志乃の腕を引っ張って先にリビングの方へ向かおうとする。
「いいよ、先に行ってて」
継美に急かされて少しだけ困った表情をいている志乃にそう声を掛け、芯太が廊下に置いていたコンビニの袋を持ち上げる。
「こっち準備できたら持って行くから芯太も向こうで座っていてくれ」
要佑はそう言って袋を芯太に渡しキッチンの方へ向かう。そしてダイニングボードから四人分のグラスを取り出し製氷機に入った小売りを入れる。それを木製のラウンドボウルと一緒にトレイへと乗せてリビングに向かった。
「こらこら継美。そこはお前の席じゃないだろ」
リビングに入ると継美がソファに座った志乃の膝の上に座って足をパタパタせせているのが見えて咎める。
「前原君、大丈夫よ。継美ちゃん軽いし」
少しだけ苦笑しながら志乃が答える。
「ねーねー、しんたお兄ちゃん」
志乃の膝の上の継美は隣に座ってペットボトルのジュースをグラスに注いでいる芯太の方に身を乗り出す。
「ん? なに?」
「今日、ミサお姉ちゃんは?」
継美はいつも美紗姫の事を「ミサお姉ちゃん」と呼んでいる。
「あ-、ミサお姉ちゃんはね、熱出して今日はお家で寝てるんだよ」
「ふーん。そうなんだ……」
そう言った後、少し間を開けて続ける。
「だから浮気してるの?」
その言葉に、口に含んだジュースを噴き出しそうになる。
「継美ちゃん……どういう意味かな?」
口の中のジュースを一気に飲み込み、咽せそうになりながら聞き返す。
「だってさー、今日はミサお姉ちゃんじゃなくて、しのお姉ちゃん連れてるじゃん。そういうのフタマタって言うんだよ」
「ダメなんだよ!」っていう風に、指先をびしっと顔に向けられ少し怯む。そしてその後、芯太は斜向かいに座った要佑を睨みつけた。
要佑は両手をひらひらと泳がせながら小さく仰け反る。「吹き込んだのは僕じゃない」と目が語っている。
「継美ちゃんどうしてそう思うの?」
膝の上の継美に向かって志乃が尋ねる。
「大人の男の人と女の人がいっしょにいたら、恋人か夫婦だって学校でみんな言ってるし、いつも見てるアニメでもそうだよ」
成程、犯人は学校の友達同士の会話とテレビアニメの内容らしい。今時の小一の子は進んでるなとか考える。
「あのね継美ちゃん」
後ろから膝の上の継美の両腕を掴んで自分の方を向かす。
「志乃お姉ちゃんと芯太お兄ちゃんは、ただの『お友達同士』よ」
お友達同士の言葉の部分だけ一字ずつ区切って発音する。
「あと、芯太お兄ちゃんと美紗お姉ちゃんもお友達同士……で、いいんだよね?」
途中で芯太の方に視線を移して尋ねる。
「いそれでいいんだよ……いらん事聞かないでくれ。話がややこしくなる」
芯太は憮然とした表情で返す。志乃はそれを見て小さく笑うと継美の目に視線を戻して話を続ける。
「それからね継美ちゃん。志乃お姉ちゃんと美紗お姉ちゃんもお友達同士で、最後にお姉ちゃん達二人と、芯太お兄ちゃんと、継美ちゃんの要佑お兄ちゃんもみんな大事なお友達同士。わかったかな?」
「うん。わかった」
元気に手を上げて答える。
「じゃあ、お姉ちゃん達の大事な秘密を知った継美ちゃんも、お姉ちゃん達のお友達って事でいい?」
継美は「うんいいよ!」と嬉しそうに頷いて倒れ込む勢いで志乃に抱き付いた。




