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第十八話

「どこに埋めるの?」

 公園に入ると眼鏡を掛けた少女は、少年のシャツを引っ張ってそう尋ねた。

 二人が通う小学校の裏手にある公園。大きな池のあるその公園は、日曜日だが午前中という事もあり、訪れている人は疎らだった。

 右手にお菓子缶を握った男の子は、入口の階段を降りると、池の手前の広場の方へ歩き出した。女の子は黙ってその後ろを付いて行く。

「弁天さまの裏の茂みにする」

 そう言って、広場の端からの散策路に入る。池の隅に掛けられた橋を足早に渡っていく。

 カイツブリが二羽、池の隅を周回している。

 二人は散策路を池沿いに進むと途中、竹の柵に覆われた小さな祠が見えた。左右に設置されている灯篭の竿の部分に「辨戝天」の文字が刻まれている。祠の壇上には八の字にくねる蛇をあしらったご神体が配置されている。

 少年はその祠の裏に回り込むと、手に持ったスコップで地面を掘り始めた。土は人の手が入っていない為、柔らかく掘り進みやすかった。

「もうちょっと深い方がいいかな?」

「掘り返す時、どこだったか判らなくなりそうだからそれぐらいでいいと思うよ」

 眼鏡の少女は目の前にできた一メートル程の窪みを見つめながら答える。

 少年はその言葉に黙って頷くと、足元に置いていた菓子の缶を窪みの真ん中に置きスコップで土をかけ始める。そして窪みが目立たなくなると、足でその場を踏み固めた。

「何か目印いるかな?」

 不意に出た少年の言葉に、少女は少し考えた後「ううん」と首を横に振った。

「目印があるのみつかったら、宝物と思って誰かが掘るかもしれないから……」

 口ではそう言ってはみたが、本当は(たぶんもう掘り返す事は無いんだろうな……)と、そんな事を思っていた。

「そうか――そうだな」

 少年も少女の本当の意図を何となく感じ取り、曖昧な返事をした。

 

 七月一日。

 芯太は学校がある平日よりずっと遅めの朝の九時過ぎに目を覚ました。それでもいつもなら週末は夜更かしをする事が多く、正午ぐらいに起きるのが常となっている為、普段の週末よりは早起きな方だ。

 芯太は洗面所で歯を磨いた後、顔を洗ってからダイイングに顔を出した。

 ダイイングの奥のリビングでは、既に部屋着に着替え終た文絵が、ソファーでコーヒーを飲みながらテレビの情報番組を観ている。

「あら、芯ちゃんおはよう。早いわね」

 芯太の気配に気付き、後ろのダイイングに目をやると、本心なのか皮肉なのか判らないような口調でそう言った。

「ちょっと予定があって……」

 そう言いながら首に掛けたフェイスタオルで顔を拭く。そしてその後、冷蔵庫の方に向かった。

「なあに? デート?」

「だったらいいけど。これから学校だよ」

 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、コップに注ぐ。

「週末に珍しいわね。補習?」

「学校にいる先輩の処に友達の悩み事の相談に」

「恋の悩み?」

「夢の悩み」

 そう言ってコップのミネラルウォーターを飲み干す。

 文絵もカップに少しだけ残っていたコーヒーを飲み干すと。空のカップを持ったままダイイングの方に向かって来る。

「自分のやりたい事を見つめ直すのは良い事よ。大いに悩め少年」

 そう言って芯太の肩をポンと叩くと、芯太が持っている空のコップを取りあげて自分のカップをと一緒にシンクへ置く。

「いや、オレじゃねーし。つーか、それ以前に夢の意味も違うし」

 文絵は芯太のその言葉にもう一度彼の肩を軽く叩くと、スポンジを手に取ってコップを洗い始めた。

 芯太は制服に着替えて身だしなみを整えると、芯太はリビングに向かった。

「じゃあ、行ってくる」

「お昼は?」

「友達と食べて来るからいい」

「晩御飯は?」

「それまでに帰って来るつもり」

「デートなら豪華なディナーぐらい奢ってあげなさい」

「だから違うって……つーか制服だし」

 そういってブレザーの襟を引っ張って見せる。

「でも相手は女の子何でしょ?」

 図星を突かれ少し怯む。相手が男であれば、ゆっくり二度寝したい朝から出掛ける事も、相談に付き合う事も、ましてやわざわざ学校まで出向くこともあり得ない。そんな芯太の性格を姉の文絵は熟知していた。

「連れがみんな忙しくて、オレしか暇な奴がいなかったんだよ。とりあえずバスの時間過ぎるからそろそろ出る」

 誤魔化す様に言う芯太に「そう、じゃあ気を付けてね」と手をひらひらさせる。

「あ、そうだ」

 リビングを出かけた芯太だったが、大事なことを思い出してもう一度文絵の方を向く。

「もし今日、用事無いんだったら美紗姫が奴具合悪そうだったんで、一度見に行ってやってくれない?」

「あら、みさちゃん風邪?」

「一昨日の雨に降られたって」

「わかった。じゃあ、おばさん帰ってくる前にお昼ご飯でも作って持って行ってあげるわ」

 そう言って笑顔でもう一度ひらひらと手を振る文絵に、軽く右手を上げて返すと、鞄を肩に掛けて今度こそ玄関へ向う。

 そして靴を履いて外に出ると、一度美紗姫の部屋の前まで行ってみる。

 部屋はカーテンが締まっており今日は照明も点いていない。起こすと悪いと思い、声は掛けずにエレベーターへ向かうことにした。

 エレベーターから降り、エントランスを抜けて正面左側の横断歩道を渡ると右手前にショッピングセンターの駐車場が見える。

 今日は、いつものバスターミナルには向かわず、ショッピングセンターを縦断する。その後に続く公共施設街を抜けて歩道橋を渡ると目的の境谷大橋バス停留所に到着する。そこからタイミング良く来た西5系統のバスに乗り込むとバスの前側辺りの一人掛けのシートに腰を下ろした。

 芯太は鞄からスマホを取り出し、志乃に『今バスに乗った』とメッセージを送った。

 少し間を置いて『わかった。どれぐらいで着く?』と返事が来る。芯太も初めて乗った路線なので分からない。芯太は少し考えてから、スマホで検索を始める。

『十二分ぐらい』

 路線の乗り換え案内サイトで検索して表示された結果を入力して送信する。すぐに『わかった。準備しておくね』と返事が返って来た。

 スマホを鞄に片付け、窓から見える景色をぼーっと眺める。

 昨日、家に帰った後、翌日一緒に学校へ行く為の待ち合わせ場所の相談の為、志乃にメッセージを送った。校門の前での待ち合わせでも良かったら、葛城先輩との約束の時間が中途半端だった為その前に、一緒に昼食を食べに行こうという話になり、それなら家まで迎えに行くという流れで今現在の状況に至っている。

 暫くバスに揺られていると、バスは坂を上り、辺りに住宅街が広がる。芯太の住む地域と違い、団地やマンションのような高層の建物は希薄で戸建ての家が並んでいる。目的地の停留所でバスを降りると、南側に百メートル程歩くと見覚えのある風景に差し掛かかった。先日志を送った時に通った道だ。東側に続く階段状の歩道を登ると、志乃と別れた交差点が見えた。その時は暗くて気付かなかったが、同じような作りの家が数件並んでいる。

(確かここだったと思ったけど……)

 記憶を頼りに、交差点から二件先の家の前で立ち止まる。表札は出ていなかった。

 芯太は呼び鈴を押そうと指を伸ばしたが、少し自信が無かったので思い止まる。代わりにお鞄からスマホを取り出すと、メッセージを落ち始めた。

『たぶん着いたけど、どの家か判らん』

 少しして既読が付く。それから三十秒位経って目の前の家の扉が開き、縁の無い眼鏡を掛けた制服姿の吉行志乃が顔を出した。

「ちゃんと家(うち)判ってるじゃない」

 志乃はそう言って少し訝(いぶか)し気な表情をする。

「みんな同じ建物でちょっと自信無かったから……てゆーか吉行、眼鏡掛けてるんだ」

「家ではね。いつもはコンタクトだよ」

 視線を逸らし、少しだけ恥ずかしそうにそう答えた。

「似合ってるね。眼鏡の吉行も可愛い」

「ばかな事言ってると家に入れないよ」

 両手を腰に当てて芯太を睨みつける。

「え? 入れてくれるの?」

 志乃はそのままの体勢で暫く芯太を睨みつけていたが、軽くため息を吐くと門扉の所まで来てかんぬき錠を空けた。

 それから「変な真似したら美紗姫ちゃんに言うからね」とだけ言って、自分はさっさと玄関に戻って行く。

 芯太は門を潜って門扉を締め直すと、開けたままになってる玄関の方に向かった。家に入れてくれる事は全く考えてもいなかったので、少しだけ緊張した。

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