第十七話
「この学校に転入するまでの経緯は、大体こんな感じ」
志乃は軽く息を吐ちて一旦話を中断した。
「じゃあ、夢で見たから転校を決めたって事?」
「どうかな……実際おばあちゃんが心配な気持ちはあったし。でも学校が違った可能性はあると思うよ」
実は志乃には、沓掛高校への転入を決意させた理由がもう一つあった。両親にも話していない決定的な理由。それについては、今はまだ皆に黙っている事にした。
「じゃあ続きを話すね」と直前の話題を掻き消すように続ける。
「その次に夢を見たのは引っ越しの日の夢から二日後の六月十七日。見た夢の内容は引っ越した次の日におばあちゃんが入院している病院に、お見舞いと挨拶に行く夢。それから二日置きに必ず夢を見るようになったの」
六月十九日、二十六日に転入して自己紹介をしている夢。
六月二十一日、二十七日に芯太が弁当の箸を忘れる夢。
六月二十三日、二十八日にみんなでショッピングモールに出掛ける夢。
六月二十五日、二十九日に小テストが原因で芯太が補習を受ける事になり、夕方から雨が降る夢。
志乃は順序立てて説明していく。志乃はそこで一旦話を区切り、一呼吸置いてから、徐に口を開いた。
「六月二十六日。湯築君がお箸を忘れた日かな。その日に見た夢は三十日つまり今日の出来事……内容は、湯築君が熱を出して保健室に連れて行かれる夢。そして、熱があることに気付いたのは美紗姫ちゃん。夢の中で美紗姫ちゃん、湯築君に一生懸命謝ってた」
「ちょっと待て」
芯太が立ち上がりそうな勢いで志乃の話を止める。
「オレと美紗姫、逆じゃないのか?」
志乃は首を大きく横に振る。
「少なくとも、夢の中ではそうだった。で、何で状況が変わってしまったのかは何となく分かってるの」
「と言うと?」
「補習の日、湯築君に傘貸したよね? 夢の中で私は放課後そのまま帰って、おばあちゃんの病院に着替えを持って行ってたの。それで、病院の帰り道で雨が降り出して」
「つまり、夢では芯太に傘を貸さなかったから芯太が濡れて風邪を熱を出したけど、現実では傘を貸したから濡れずに熱も出さなかったって事?」
要佑の問いかけに「うん。たぶん」と答える。
「じゃあ、実際は美紗姫が熱を出した事の理由は?」
「わからない」
「何かの相関なのか、因果なのか……阿方、何か心当たりある?」
「うーん……わかんない」
要佑の問い掛けに美紗姫は人差し指で、頬を掻きながら苦笑して答えた。
「そういえばさ」
考え込んでいる要佑の横から芯太が志乃に問い掛けた。
「明日はどんな事が起こるんだ?」
「え?」
「見たんだろ? 昨日の夜……っていうか今日の朝かな? 夢どんなだった?」
芯太に不意を突かれ戸惑っていた志乃は、話の意図を理解し問いに応じた。
「明日は……湯築君と二人で学校に行って」
「明日って土曜日じゃなかったっけ?」
「うん。休みの日に学校へ行って、校舎の一階の奥の教室……シンクが並んでいるから調理実習室かな? そこで先輩とお話をしている夢だった」
「先輩?」
「眼鏡を掛けて冬服を着た先輩。あまちって名乗ってた」
「あまち? ……ああ、成程。確かに現状では一番適任かも」
要佑は一人納得して呟いた。そして鞄から自分のスマートフォンを取り出すと、何やら文字を打ち始める。
「要佑の知ってる先輩?」
「文化部の天智先輩。変わった相談とか受けた時、結構アドバイスもらったりとかしてる。特にこういったオカルトチックな案件の専門家みたいな人だよ」
普通に聞くと胡散臭い感じのする話だが、要佑の紹介だと思うと、何だか信用できる気がするから不思議だ。
暫くしてテーブルに置かれた要佑のスマートフォンがブルブルと音を鳴らした。要佑はそれを手に取ってメッセージアプリを確認する。
要佑が送信した、状況の詳細を説明したメッセージの後に『あまち:興味深い。明日の午後2時頃、部室まで来るように』の一文だけ書かれていた。
「という訳で明日、芯太と吉行さんとで葛城先輩の所に行ってくれないかい」
スマートフォンの画面を見せながら要佑が言う。
「えー? あたしは?」
「お前は熱があるんだろ? 明日は大人しく家で寝てろ」
ブーブーと文句を言う。そんな美紗姫を無視して隣の要佑の方を向いた。
「要佑は?」
「ごめん。明日継美も休みだから」
要佑はすまなそうに両手を合わせる。流石に何もイベントの無い時の高校に、小学校低学年の子供を連れて来るわけには行かない。
「ちゃんと葛城先輩には説明しておくから」
そう言ってカップに残っていたコーヒーを飲み干した。
「それと、帰ったら詳細をメールか電話で報告してくれると嬉しいかな」
「どうしよう? 文姉に迎えに来てもらおうか?」
「大丈夫。バスで帰れるよ」
軽く食事を摂った事もあり、先程より顔色は幾分か良くなっていた。
「気を付けて帰ってね」
「うん。志乃ちゃん、また来週ね」
明日から週末の土日になるので、次に会うのは二日後の月曜日だ。志乃は手を振りながらバスに乗り込む二人を見送る。
「明日の予定は夜にスマホで送る」
芯太の言葉に「うん、分かった」と応える。
芯太は空いていた一人掛けの席に美紗姫を座らせると、二人分の鞄を両肩に片方ずつ掛けて吊手を握る。ちょう乗降口と反対側の為、志乃の姿は見えなかった。
「寄り道なんかするからだぞ」
少し俯き加減の美紗姫を見て、憎まれ口を叩く。もちろん本気で言ってるわけでは無い。
美紗姫は「ごめん」と呟くように答える。
「別にいいけど、体調管理には気をつけろよ」
芯太は目線を窓の外に移し替えて誤魔化すように言った。
「ホントはね……」
少しの間俯いたままだった美紗姫はゆっくりと芯太の方を向く。
「ん?」
「本当は、買い物に行ったんじゃなくて、一緒に帰ろうと思って芯太を待ってたんだ」
その言葉に芯太も思わず美紗姫の方を見る。
「あ、解ってると思うけど、別に変な意味じゃないよ。バイトもお休みの日だったし、みんな予定があってする事も無いからお喋りしながら一緒に帰ろうかなって思って」
「……」
それで、教室の横の階段の前で待ってたんだけど、芯太教室から出てきたら反対側の廊下に向かって歩いて行って。
「声か掛けてくれたら良かったのに」
「いや、これは怪しい、何かあると思って、面白そうだからこっそり後をつけちゃった」
「おい」
芯太のツッコミを無視して話を続ける。
「で、つけていると何と、志乃ちゃんとの逢引きの現場に遭遇!」
「あー」
芯太の視線が泳ぐ。
「それで美紗姫おねーさんとしては、若い二人の邪魔をするわけにはいかないので、見なかったことにして先に帰ろうとバス停に向かんたんだけど……」
そこで少しだけ声のトーンを落とす。
「そこで例の通り雨の事件って訳よ」
美紗姫の説明によると、停留所でバスが来るのを待っている時、急に雨が降り出して来たのだが、高校のバス停留所には今時珍しく上屋が無いので、雨宿りの為、校門を入ってすぐにある通学用の駐輪場に向かおうとした。
けど、その途中で芯太と志乃の二人が校舎の方からやって来るのが見えた為、学校を素通りしてそのまま濡れながら歩いて帰ったとの事だった。
「何だよ、声掛けてくれたら傘貸したのに」
「いやー、隠れて二人で待ち合わせてたから、見られたくないのかなって」
「いや、それ誤解だから……」
芯太は待ち合わせの内容を美紗姫に説明する。
「あー、さっき学食で志乃ちゃんが話してた件ね。でもあんた、いつも傘持ち歩いてなかったっけ? 昨日は忘れたの?」
「いや、残念ながら今も持ってるよ」
何が残念なのかは解らないが、芯太はそう言いながら自分の鞄から小振りの折り畳み傘を取り出して美紗姫に見せた。
「でも、志乃ちゃんの夢では濡れて帰って熱出したんだよね?」
「濡れて帰ったかどうかは知らないけど、そうらしい。悪いな、身代わりになってもらって」
そう言う芯太に「今度何か奢れ」とだけ笑いながら言う。
バスの車内には、間もなく芯太達が降りる停留所である終点のバスターミナルに到着する旨のアナウンスが流れていた。




